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マシュー・ホフマン (アメリカ)
【 1980 ~      】



マシュー・J・ホフマンは、1980年11月1日に生まれたが、初期の人生については詳しくわかっていなかった。

ただ、後に数人の隣人がホフマンは不安定な精神状態で、奇抜で奇妙な振る舞いが目立ったと述べている。

隣人の1人によるとホフマンはリスを殺しては食べていたという。

また、別の隣人はホフマンが小動物を捕まえては庭に集め、芝生で覆い火をつけて殺していたのを目撃している。


2000年8月、ホフマンはコロラド州スティームボートスプリーグスで、強盗と放火を行い (犠牲者はいなかった) 逮捕され、懲役8年が言い渡された。


2010年11月10日、ホフマンはオハイオ州アップルバレーで、強盗に押し入る為の家を物色していた。

すると、ガレージのドアが少し開いたままの家を発見する。

中には人がいたが、出掛けると思いホフマンは近くの森で眠りながら時間を潰した。 

しばらくして家族が家を後にしたのを確認すると、ホフマンは早速家の中に侵入した。

その後、1時間程室内で物色していると、予想外に家族が早く帰って来る。

帰って来たのはティナ・ハーマン (32歳♀) 、隣人で友人のステファニー・スプラン (41歳♀) 、ハーマンの娘サラ・メイナード (13歳) 、息子コディ・メイナード (11歳) の4人であった。

ホフマンは予想外に早く戻って来た事に驚き、まず、ナイフでハーマンとスプランの背中と胸を刺して殺害する。

驚いたサラとコディは逃げ出すが、つまずいてしまいホフマンに捕まってしまう。

そして、サラを拘束すると、コディを滅多刺しにして殺害する。

家には犬がおり、大声で吠え続けていたので、ホフマンは鬱陶しいと思い殺した。

その後、サラと遺体を自宅に運び、サラを地下室のベットに縛り付けた。

翌日、殺害した3人の遺体をバラバラに解体し、更に翌日の12日、ココシング・レイク野生動物保護区に遺体を運ぶと、木登り用具を使用して60フィート (約18m) 登ると、遺体を枝などに配置した。

しかし、事件の時、ハーマンの家にホフマンのピックアップトラックと全く同じ車が停まっていた事で、警察がホフマンに話しを聞きに来る。

ホフマンはガールフレンドが仕事から戻るのを待っていたと話すが、警察はホフマンの態度が怪しいと感じ、犯人だと考える。


事件から4日後の14日、警察はホフマンがソファで寝ているのを確認すると、無理やり押し入りホフマンを拘束した。

そして、地下室でサラを救出するが、サラは4日間縛られ続け、ホフマンに繰り返し何度も強姦されていた。

ホフマンは4ページに渡る手紙を書き、3人の犠牲者の遺体の場所について告白した。

また、サラとハンバーガーを食べながら映画を観るのが楽しみだったと話し、特に『アイアンマン』と『アイアンマン2』が好きだと話した。

逮捕されサラが救出された時、その瞬間サラが治療を受けられると思い幸せだったとも話した。


裁判でホフマンの弁護士は犯行はランダムでたまたまハーマン一家になったと述べ、殺すつもりはなかったと述べた。

しかし、検察がホフマンがナイフを持参していた事を追及し、初めから殺すつもりだったと主張した。

それについて弁護士はナイフは脅すつもりで持参していただけで、はなから殺すつもりではなかったと述べた。

だが、サラが証人として出廷し、ホフマンの犯行は偶然などではなく、計画的であったと供述した。


ホフマンは殺人や強姦など10件の罪で起訴され、2011年1月6日、仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡された。



《殺人数》
3人 (他1人監禁強姦)

《犯行期間》
2010年11月10日



∽ 総評 ∽

一家を惨殺し、娘を拉致して凌辱の限りを尽くしたホフマン。

ホフマンは幼少時代の様子については詳細がなくよくわからないが、隣人によると動物虐待を繰り返していた。

以前、シリアルキラー (の幼少時代) の3大要素は「夜尿症」「動物虐待」「放火」とされたが、ホフマンも動物虐待を行い、しかも、食べる異常さであった。

よくわからないのが、弁護士が初めからハーマン一家を狙った意図的なものではないと主張したが、森で時間を潰している時点で意図的ではないのだろうか?

また、脅す目的か何かしらないが、結局は刺して殺しているのだ。

弁護士は故意による犯行ではないと主張したいのだろうが、その後の少女監禁を考えても故意だろうがなんだろうがどうだっていいだろう。

サラへの異様な愛情を考えて、ホフマンはサラを見て倒錯した愛情を抱き、サラを連れ去る為に他の邪魔な家族を殺害したのが本当の理由ではないかと思う。