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ドゥシャン・カズダ (チェコ)
【 1974 ~      】



2002年10月22日、ドゥシャン・カズダは、チェコ・プロスチェヨフのパブで飲んでいた。

そして、パブを出るとタクシーを止め、クラリチェ・ナ・ハネに向かった。

目的地に到着すると、カズダはビールが入ったビール瓶で運転手ペテル・セペコフスキーを2度殴った。

セペコフスキーは車から降りて逃走した。

カズダはタクシーを運転し、オロモウツに向かうとローマカトリック教会の前で素足でパジャマ姿の司祭ダブ・ナッド・モラヴォウ (75歳♂) を斧で殴り殺害した。

警察は捜査を進め、襲われたセペコフスキーから証言を得てカズダを逮捕した。

逮捕されたカズダは犯行を認める。

カズダが襲ったセペコフスキーやモラヴォウは、偶然でありたまたま狙ったと述べた。

セペコフスキーを瓶で殴った後、カズダは瓶の破片により手を出血しており、そのまま車を走らせると明かりのついた教会が目の前に現れ、教会に電話し、助けを求めた。

すると、モラヴォウが外に現れ、カズダの手を洗う事を手伝い、包帯を巻いた。

その後、外でカズダはモラヴォウを斧で殴ったのだった。

専門家はカズダを診察した所、精神疾患はないが人格障害に苦しんでいると判断した。

裁判で検察官はカズダを
「冷血で動機のない非情な犯行」
と非難し、少なくとも25年の禁錮刑は必要だと述べた。

カズダはビール瓶でセペコフスキーを殴った事について、

「私がなぜそれをしたのか私にはわからない」

と述べた。

また、カズダは法廷で時折涙を浮かべ、

「私は後悔しており、厳罰を期待します。私はそれに値します」

と裁判所の廊下で語った。

カズダの友人は、カズダはごく普通の学生であったが、18歳の誕生日頃に何かが起こり、それ以降、暴力的になったと述べた。

また、父親は暴力を振るい、よく母親に暴行を加えていた。


2003年8月19日、カズダには終身刑が言い渡された。


最後にモラヴォウ殺害について述べたカズダの言葉で終わりたいと思います。

「その瞬間、私はタクシー運転手に感じた気持ちになりました。私は司祭を殺したいという欲求を感じた」



《殺人数》
1人 (他1人負傷)

《犯行期間》
2002年10月22日



∽ 総評 ∽

タクシー運転手を襲い、その後、司祭を殺害したカズダ。

ただ、カズダの犯行動機はよくわからない。

本人が言うようにあえて狙った様子はなさそうなので、突発的で無差別な犯行だといえよう。

カズダの子供の頃の詳細がなくわからないが、友人によると18歳の時におかしくなったらしい。

それまでごく普通の学生であったというので、その時に精神を異常にきたす何かがあったのだろう。

カズダは後悔しているとか厳罰に値するなど言っているが、「何故そうしたのかわからない」と罪を逃れようとする考えも垣間見える。

とりあえず終身刑となったのは良かったが、死刑にならないもどかしさを感じずにはいられない。