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ゴラムレザ・ホシュルー (イラン)
【 1965 ~ 1997 】



ゴラムレザ・ホシュルー・クラン・クルドは、1965年12月1日、イラン・北ホラーサーン州ファルジで生まれた。


首都テヘランでホシュルーは若くして結婚するが、1982年にニューシャープールで強盗で逮捕される。

また、ホシュルーはロシアのスパイと間違えられ拘禁された。

解放されたホシュルーはテヘランに戻り、タクシーを盗むと、女の子や女性を拾い、荒野に連れ込んでは強姦し、暴行を加えて殺害するようになる。


1997年4月13日、テヘランのチトガル森林公園で、女性 (54歳) の遺体が発見された。

この事件以降、警察は捜査を開始する。


同年4月16日、キャラジで女性の遺体が発見される。

検視を行うと、首と胸をナイフで刺された事が死因だとわかった。


同年4月31日、テヘランの建設現場の道路で女性 (43歳) の焼死体が発見される。

死因は首の血管が破裂した事による出血死であった。


同年6月2日、テヘランのエビン地区で、女性 (24歳) の焼死体が見つかる。

焼かれてはいたが、検視の結果、死因は首と胸をナイフで刺された為だった。

また、女性の姉妹も同じ日の夜に殺害されていた。


同年5月、テヘランの警察官が、焼かれた2つの遺体を発見する。

検視官によると2人共、焼かれる前にすでに死亡しており、2人の内、1人は27回刺され、もう1人は首を絞められていた。


同年6月14日、西テヘランで女子学生の焼死体が発見される。

女子学生は手足が折られており、死因は燃やされた事によるものだった。


同年6月30日、西テヘランの工事現場近くの高速道路で、女性 (55歳) の焼死体が発見された。

犯人は夜に活動していた為、一連の事件の犯人は『The Night Bat』と呼ばれ、畏れられた。


同年7月22日、西テヘランでホシュルーは一連の殺人事件の犯人として逮捕された。

実はホシュルーはこれまで何度か逮捕されていたのだが、その都度、異なる名前を言って警察を欺いていた事がわかった。

1992年に何人かの少女が2人の男性にお金を盗まれ強姦されたと訴えた。

警察は徹底的に捜査を行い、数日後、犯人の2人の男性を逮捕した。

その1人がホシュルーであったのだが、その時は「ムラード・ナデリ」と名乗っていた。

ホシュルーは決して罪を認めず、否認し続けた。

だが、ホシュルーの共犯者がホシュルーが女性を強姦して殺害したと主張した。


裁判でホシュルーには2つの死刑が言い渡され、同年8月22日、絞首刑による死刑が執行された。

享年31歳。


最後に死刑執行直前に書いた手紙の内容で終わりたいと思います。

「私は誰にもお世話になっていません。私は債権者ではないので全ての人に許しを求めます」



《殺人数》
9人 (他犯罪多数)

《犯行期間》
1997年4月13日~同年6月30日



∽ 総評 ∽

9人の女性を強姦し、殺害したホシュルー。

ホシュルーは盗んだタクシーを利用し、女性を誘惑して拉致。

その後、人気のない荒野に連れ込んで強姦して殺害するという典型的な強姦殺人鬼であった。

ホシュルーが何故、これ程の犯罪を犯す事になったのか詳細がなくわからないが、17歳の時にはすでに強盗を行っていた。

イランという国柄かわからないが、破綻した家庭で育った可能性が高い。

ホシュルーは比較的高齢の女性を標的としており、その年齢の女性を好んでいた。

もしかしたら母親の幻影を求めたのか、もしくは母親への憎悪が中年の女性への憎しみとなったのかもしれない。

ホシュルーは逮捕されてから死刑執行まで丁度1ヶ月であった。

中国やイランの執行の早さには感動すら覚える。