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ジャコバス・ヘルトークス (オランダ)
【 1949 ~ 2015 】



ジャコバス・ダーク (コーク) ・ヘルトークスは、1949年12月16日、オランダのデン・ハーグで生まれた。

ジャコバスの家庭はカトリックで、17人兄弟の1人であった。


ジャコバスは16歳の時にはすでに手に負えない少年になっており、無免許運転、武装強盗、麻薬密売等、様々な罪で逮捕された。

最後、30歳で終身刑が言い渡されるまで実に26回の有罪判決を受けていた。


1979年5月11日、王立音楽院のバレエクラスに通うチアルダ・フィッセル (12歳♀) が帰宅途中に行方不明となる。

フィッセルの遺体は4日後の15日、デン・ハーグのラーヘイブンで見つかった。

検視を行うが正確な死因は特定出来なかった。


1980年4月3日、エミー・デン・ボーア (18歳♀) は、デン・ハーグへ向かう為、家を出た後、行方不明となる。

ボーアの遺体は2日後の5日、森の中で見つかった。

ボーアは腹部と頭を撃たれていた。


同年9月29日、イディス・ポスト (11歳♀) が学校から帰る途中で行方不明となる。

ポストの遺体は3日後の10月2日、砂丘で見つかった。

ポストは何らかの重たい物と遺体の傍にあった枝で殺害された。


しかし、同年10月3日、ポストは殺害される際、犯人に噛みついており、ナイトクラブから小指に噛み傷を付けた男がいると匿名の電話が入り、捜査の末、噛み傷があったジャコバスが逮捕された。

ジャコバスの家を家宅捜索すると、フィッセルとボーアの血液が見つかった。

また、家の屋根裏には断熱された隠し部屋が見つかり、そこは拷問部屋として使用されていた。

ジャコバスは逮捕後、犯行を否認した。

専門家はジャコバスが逮捕の際、児童ポルノの本を持っていたが、小児性愛者だと考えてはいなかった。

ジャコバスが少女を狙った理由が、大人の女性よりも扱い易かったからだった。


1982年11月7日、ジャコバスには終身刑が言い渡された。

ジャコバスは終身刑を言い渡された後も殺人を否認し続けた。

それは1989年まで続けたが、病院に入院する事を条件に最終的には3人の殺害を自白した。


ジャコバスは2006年まで病院にいたが、その後、刑務所に戻された。


2015年7月19日、ジャコバスは病院で死亡した。

享年65歳。



《殺人数》
3人 (他犯罪多数)

《犯行期間》
1979年5月11日~1980年10月3日



∽ 総評 ∽

少女ばかりを標的とし (1人は18歳だが) 、3人を殺害したジャコバス。

ジャコバスは拷問部屋を作り、そこで少女を凌辱の限りを尽くして殺害した陰惨な異常者であった。

ジャコバスは大人よりも少女の方が扱い易かったとして標的にした。

逮捕の際に児童ポルノの本を所持していたが、専門家も上記を理由にペドフィリア (小児性愛者) ではないとした。

だが、個人的にはジャコバスはペドフィリアだと思う。

こういった異常者が「扱い易い」というだけの理由で少女ばかり狙うというのは考え難い。

人を見た目で判断してはいけないが、私には顔が「少女好き」と言っているように見えて仕方ない。