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ジョアン・アカシオ (ブラジル)
【 1942 ~ 1998 】



ジョアン・アカシオ・ペレイラ・ダ・コスタは、1942年6月24日、ブラジル・サンタカタリーナ州ジョインヴィレで4人兄弟の次男として生まれた。

アカシオはわずか4歳の時に両親に捨てられ孤児となった。

8歳の時に父親が結核で死亡し、叔父の家に兄と共に住む事となるが、母親は兄弟の下の2人を連れ姿を消した。

後にアカシオは叔父に強姦されたと話し、また、叔父に生活費を自ら稼ぐ為に強制労働を強いられた。

アカシオは叔父に肉体的にも精神的にも虐待され続けたと後に語っている。

叔父の家を出た後、故郷のジョインヴィレに移動し、そこで、映画館の入り口で傘や洋服を盗んだ。

アカシオは靴磨きの仕事をした事もあったが、すぐに辞めた。

その後、クリーニング店で働く事となるが、上司の娘にキスを迫り解雇された。

17歳の時、30台以上の自転車を盗み、その後、18歳の時にジープを盗んで逮捕された。


1963年、刑務所を脱獄し、サンパウロに移住した。

その後、サントスに移住し静かに暮らした。


しかし、アカシオは1966年から1967年の15ヶ月の間、強盗やそれに伴う殺人を繰り返した。

アカシオの手口は、顔をハンカチで隠し、大邸宅の電源を切って赤いライトの懐中電灯で侵入するというものであった。

こうして数々の家に強盗に入り、マスコミは犯人を『Bandido da Luz Vermelha (赤い光の山賊) 』と呼んだ。

アカシオは強盗で得たお金を女性やナイトクラブに使った。

警察は犯人をアカシオだと断定するのに実に6年を費やした。

警察が大邸宅の窓に残された指紋によりアカシオだとわかったのだった。


1967年8月8日、逮捕されたアカシオは、これまで141件もの犯罪を行っていた事がわかった。

アカシオは4件の殺人と7件の殺人未遂、77件の暴行や強盗で有罪判決が下され、懲役351年9ヶ月3日の判決が下された。

アカシオは強盗の際、何人かを強姦したと告白したが、結局、証明される事はなかった。


1997年8月26日、30年刑務所で過ごしたアカシオは、法律により釈放された (ブラジルでは法律で30年以上刑務所に収容する事を禁じている) 。


1998年1月5日、アカシオはジョンという男性とバーで争いを起こし、射殺された。

享年55歳。



《殺人数》
4人

《犯行期間》
1966年~1967年



∽ 総評 ∽

『Bandido da Luz Vermelha』と呼ばれ、15ヶ月の間に強盗を繰り返したアカシオ。

アカシオは350年以上の懲役刑を言い渡されたにも関わらず、法律によって30年で釈放されてしまった。

ブラジルでは連続で30年刑務所に収監される事を法律で禁じているが、では何故、このような懲役刑が存在するのか。

以前にも同様な判決を掲載した事があるが、全く理解が出来ない。

司法が遺族に「俺達は厳罰にしたんだけど法律で決まっているから泣く泣く釈放するしかない」と公言しているようなもので、これを納得出来る人間が果たしているのだろうか?

結局、死んでくれたので良かったが、おそらくくだらない事で争ったのだろう。



* 追伸 *

先日、千葉県野田市で小学4年の女児を虐待死させた父親に懲役16年が言い渡されました。
近年、日本でも虐待死事件が相次いでますが、明日から4月まで親による子殺しの事件を掲載したいと思います (これまでも何人も掲載していますが) 。
実の子供を殺害するという気が滅入る内容となりますが、読んで頂けると嬉しいです。