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ハンス・テムシェ (ベルギー)
【 1988 ~      】



ハンス・ヴァン・テムシェは、1988年2月7日、ベルギー・アントウェルペン (アントワープ) で生まれた。


2006年5月11日早朝、テムシェは長い髪を切り落とし、地元の商人から狩猟用ライフルとショットガンを購入した。

そして、テムシェはゴシックファッションに身を包み街に繰り出した。

テムシェはまずベンチに座って本を読んでいたトルコ人のソングル・コーチ (♀) を撃った。

コーチは負傷したものの一命は取り留めた。

その後、通りの道でルナ・ドロウォート (2歳♀) とその乳母オウルメイト・ニアンガドウ (24歳♀) を射殺する (ルナの両親は殺害された場所近くでレストランを経営しており、アントウェルペンでも有名な店であった。その為、両親はベルギーの有名な俳優や歌手とも知り合いであり、後にルナの為の歌を歌っている) 

エージェントがテムシェに近づき
「武器を地面に置きなさい!」
と叫び、3回呼び掛けた。

すると、テムシェは

「私を撃ちなさい」

と落ち着いて話した。

その後、エージェントがテムシェに発砲し、銃弾はテムシェの腹部に3発命中した。

テムシェは病院に搬送され、治療が行われた。

治療を受けている間、テムシェは自分自身を「スキンヘッド」と表現した。

テムシェは白人以外の相手 (移民) を標的としたと警察に述べた。

しかし、殺害した2歳のルナは白人であり、その事を問い詰められると、

「間違った時に間違った場所にいた」

と述べ、殺すつもりはなかったがいた場所が悪かったと述べた。

しかし、尋問していくにつれ、テムシェはルナが白人だと認識していた事がわかり、

「黒 (黒人) に近い存在が殺すに十分な理由である」

と後に話した。

白人以外をターゲットにした理由だが、テムシェは3年前から外国人の子孫たちにいじめを受けており、その復讐であった。

テムシェは犯行後、死ぬつもりだったので別れの手紙を残していた。

裁判が始まると、弁護士はテムシェがアスペルガー症候群と自己愛的人格障害を患っていた為、犯行時、まともな精神状態になかったと述べ、テムシェは犯行時、まだ18歳であったと主張した。

だが、テムシェを診た精神科医は、十分に責任能力があると語った。


同年10月11日、12人の陪審は全ての犯罪に対してテムシェに責任があるとし、有罪判決を下した。

殺人は人種差別によって動機づけられての判断であった。


翌日の12日、テムシェには終身刑言い渡された。

テムシェ側は判決を不服としてすぐに上訴した。


2008年2月、テムシェの上訴は棄却された。

このテムシェの事件を受け、ベルギーでは武器に対する新しい法律が施行され、銃器の合法的な衝動買いは不可能となった。

余談だが、テムシェの叔母は犯行時、国会議員であった。


最後に終身刑を言い渡された際のテムシェの発言で終わりたいと思います。

「私は自分の罰を受け入れ、威厳のある方法でそれを乗り越えようと思います」



《殺人数》
2人 (他3人負傷)

《犯行期間》
2006年5月11日



∽ 総評 ∽

いじめの復讐として移民ばかり標的として2人を射殺したテムシェ。

この事件は人種差別によるものとされたが、テムシェが移民を嫌ったのはいじめにあった為とされた。

ただ、個人的にいじめを受けていたとしても、犯行自体は復讐ではなく、単純に移民に対する憎しみによるものだと思われる。

いくら復讐や差別だとしても、2歳の幼児を平然と殺害する精神構造はとてもまともとはいえない。

犠牲者や被害者には申し訳ないが、この事件により新たな法案が可決し、銃器を容易に買えなくなったのは非常に大きな事である。

テムシェは3発撃たれたが、病院で治療を受け助かってしまった。

こういう鬼畜は悪運だけはいいのが非常に悔やまれてならない。