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トーマス・バンデイ (アメリカ)
【 1948 ~ 1983 】



トーマス・リチャード・バンデイは、1948年9月28日、アメリカ・テネシー州ナッシュビルで生まれた。

バンデイは2人兄弟の弟であり、兄とは15歳離れていた。

バンデイの父親は第二次世界大戦に参加した軍人であったが、精神障害に苦しみ、妻やバンデイに暴力を振るった。


1963年、父親が亡くなるが、バンデイは葬式に出席するのを拒否し、数日間、家出した。

バンデイは学校での成績は優秀で、友達や知人が沢山いる社交的な性格であった。


1966年、高校卒業すると、高校の時から交際していた恋人と結婚し、1967年にアメリカ空軍に入隊した。


バンデイ1960年代後半から1970年代初頭にかけて東南アジアに赴任した。

バンデイが赴任している間、妻は不倫し別の男性の子供を生んだ。

だが、バンデイは妻とは別れず結婚生活を続け、後に自身の娘が生まれた。

バンデイは妻の不倫より生まれた子供も一緒に育てていたが、その関係はあまり良くなかった。


1970年代半ば、バンデイはアラスカのエイールソン基地に派遣される。

だが、この頃、バンデイは感情的な燃え尽き症候群の兆候を見せ始め、心理療法士を訪ねるようになる。


1979年8月29日、フェアバンクス在住のグリンダ・ソードマン (19歳♀) が行方不明となる。

ソードマンの分解された遺体は、行方不明となって2ヶ月後にフェアバンクス南方23マイル (約37km) にある高速道路近くの砂利で見つかった。


1980年6月13日、ドリス・エーリング (11歳♀) が行方不明となる。

数日後、エーリングの遺体が発見されるが、エーリングの弟は姉が姿を消す数日前に青い車に乗った軍服を着た見知らぬ男性と話しているのを見ていた。


1981年1月31日、マレーネ・ピーターズ (20歳♀) が、フェアバンクスからアンカレッジへ向かう為、ヒッチハイクしたのを最後に行方不明となる。


同年3月、ウェンディ・ウィルソン (16歳♀) が行方不明となる。


同年5月16日、ロリ・キング (18歳♀) が行方不明となる。

キングの失踪直前、ピーターズの分解された遺体の一部が発見された。


1981年10月、エイールソン空軍基地の近くで、ウィルソンとキングの分解された遺体が発見される。

警察は捜査を進め、軍人の中に連続殺人犯がいる事を掴み、エイールソン空軍基地全員の調査を行った。


そして、1982年2月3日までにプロファイリングの結果、容疑者を3人までにしぼった。

その中の1人に当時、技術軍曹のバンデイがいた。


その後、警察は犯人をバンデイだと判断し、テキサス州ウィチタフィールズに移送し、1983年3月7日に逮捕した。

尋問と同時に家と車の調査も行い、いくつもの殺人の証拠が見つかった。

証拠を突きつけられたバンデイは5人の殺害を認め、殺害の状況を詳細に語った。

また、警察はカサンドラ・グッドウィンという女性が殺害された事件についてもバンデイに言及したが、グッドウィン殺害については激しく否定した。

バンデイの殺害動機だが、精神的問題と性的欲求の複合的な要因とされた。

バンデイは犯行を告白したが、実はこの逮捕した時はまだ逮捕令状をとっていなかった為、釈放しなければならなかった。


同年3月15日、正式にバンデイの逮捕状が出されたが、その日、バンデイは現れなかった。

出頭する予定の日、バンデイはバイクで旅行に出掛けていた。

そして、ウィチタフォールズから約40マイル (約65km) の高速道路の対向車線を走り、トラックと正面衝突して死亡した。

この事故は後に自殺として認識された。

また、バンデイはアラスカで初めてプロファイルにより逮捕された事例となった。



《殺人数》
5人 (6人の可能性あり)

《犯行期間》
1979年8月29日~1981年5月16日



∽ 総評 ∽

5人の女性や少女を殺害したバンデイ。

バンデイは犯行時、現役のアメリカ軍人であった。

また、バンディは学生時代は社交的で明るく、友人が沢山いたがこういった殺人鬼の学生時代としては珍しいといえる。

アメリカのシリアルキラーは元軍人というのはよくいるが、現役というのはそういるものではない。

国や国民を守るべき存在の軍人が影で殺人を行っているというのは考えるだけでおぞましい。

バンデイは最後、出頭しなければいけない日にバイクで出掛け、高速道路で事故死した。

そもそも犯行を認めているにも関わらず、逮捕状がないからといって釈放する事自体考えられない事であるが、バンデイは後に自殺であると結論付けられた。

おそらく、対向車線を走っていたからだと思われるが、自殺かどうかは何とも言えない。

ただ、何にせよ死んでくれて良かったが。