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モナ・ファンディ (マレーシア)
【 1956 ~ 2001 】



モナ・ファンディ (出生名マズナ・イスマイル) は、1956年1月1日、マレーシア・ペルリス州の州都カンガールで生まれた。


ファンディはマレーシアでポップシンガーとして活動していた。

だが、ファンディは音楽業界を引退し、その後、黒魔術に没頭する。

その活動は精力的であり、地元ではシャーマンとして知られていた。

ファンディの顧客は主に上流階級の人間であり、政治家などであった。

パハン州バトゥ・タラムに選挙区を持つマズラン・イドリスは、政治家としてのキャリアアップの為、ファンディを頼った。

イドリスは与党の統一マレー国民組織 (UMNO) に所属し、アメリカで教育を受けた野心的な政治家であった。

ファンディは夫モハメド・アブドゥル・ラーマン及びアシスタントのジュライミ・ハッサンと協力し、イドリスを支援すると約束する。

そして、ファンディはイドリスにお守りとして杖を与えると述べた。

ファンディはその杖を握っていれば無敵になるとイドリスに話した。

ファンディはその見返りとしてイドリスに250万リンギット (約6000万円) を要求する。

イドリスはファンディ夫妻に預り金として50万リンギットを支払い、残りの200万リンギットは後に払うと約束した。

その保証としてイドリスは10の土地所有権をファンディ夫妻に与えた。

その後、ファンディの家でお清めの儀式が行われた。

ファンディは花を置いている間にイドリスに床の上で横にさせた。

そして、イドリスに目を閉じさせ、お金が空から落ちてくる事を想像させると、ハッサンが斧を使ってイドリスの頭を切り落とした。

頭を切り落とした後、ハッサンはイドリスの体をバラバラにし、部分的に皮を剥いだ。

イドリスの遺体はファンディの家の近くにある倉庫に捨てた。

イドリスは1993年7月2日、銀行から30万リンギット (約700万円) を引き落としたのを最後に行方不明だと報じられた。


同年7月22日、警察はイドリスの遺体を発見する。

イドリスの遺体は18ものブロックに解体されており、検視の結果、殺害されたのは7月18日午後10時から深夜12時の間とされた。

その後、ファンディとラーマン、ハッサンは逮捕された。

ファンディはイドリス殺害後、メルセデス・ベンツを買い、買い物天国で買い物している姿が確認されていた。

事件が公になると、凄惨な犯行の様子に加え、被害者が政治家で主犯が元歌手のシャーマンである事などからマレーシア全土を震撼させた。

注目の裁判はテメロー高等裁判所で始まり、7人の陪審員によって審理された。

そして、ファンディら3人には絞首刑による死刑が言い渡された。

ファンディらは判決を不服として連邦裁判所に上訴するが、上訴は棄却され連邦裁判所は死刑判決を支持した。

裁判を通じて、ファンディは常に笑顔で陽気に振る舞った。

そして、記者が写真を撮る際はわざわざポーズをとって応えた。

また、服装も明るくカラフルなデザインの物を着た。


2001年11月2日、前日に最後の食事としてケンタッキー・フライド・チキンを食べた3人の死刑が執行された。

執行前、ファンディらは自分達の犯した犯罪に対して一切の後悔をしていないと述べ、

「私には沢山のファンがいるようだ」

とファンディは話した。

執行される前もファンディは穏やかで笑顔であった。

ファンディの死刑執行前、マレーシアで最後に死刑が執行された女性は、1994年、麻薬密売で逮捕されたタン・ビー・リーであった。

また、ファンディは陪審裁判で判決が言い渡された最後の裁判の1つであった (マレーシアでは陪審員による裁判は1995年1月1日から廃止されている) 。


最後に死刑執行の際のファンディの発言で終わりたいと思います。

「aku takkan mati (私は死ぬ事はありません) 」



《殺人数》
1人

《犯行期間》
1993年7月18日



∽ 総評 ∽

野心ある政治家を殺害したファンディ。

ファンディはお金を奪う為に殺害に至ったが、いまいち犯行の様子がわからない。

イドリスはお金を払うつもりだったと思われ、わざわざ殺害する必要はないように思える。

初めから殺すつもりだったのかもしれないが、詳細はなかったがもしかしたらイドリスが支払いを渋ったのかもしれない。

ただ、犯行は主にアシスタントに命じてやらせており、こういった人間にありがちな指示だけして自分は高みの見物という非情さであった。

イドリスは政治家として出世する為、シャーマンであるファンディを頼り、出世どころか人生を終わらせてしまう結果となった。

シャーマン等という不確かな存在に頼らず、自身の才能と努力のみで政治家として歩んで行けば死なずに済んだ。

もちろん殺人自体は許される事ではないが、神頼みする時間があるのなら、政治家として少しは国民の事を考えて欲しいものである。