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サンナ・シッランパー (フィンランド)
【 1968 ~      】



1999年2月21日、フィンランドの首都ヘルシンキの射撃クラブで銃撃事件が発生する。

銃撃の犠牲者はクラブで銃を教えてくれた先生 (23歳♂) 、自動車整備士 (25歳♂) 、自動車運転手 (37歳♂) の3人であった (他2人負傷) 。

犯人はすぐに逮捕されたが、その犯人に国内は騒然となる。

犯人はサンナ・リイッタ・リーサ・シッランパーという名のコンピューターの専門家として働く30歳の女性であったからだ。

シッランパーは銃撃後、銃や弾薬を持ったままバスに乗り、ヘルシンキ・ヴァンター空港へ向かった。

そして、空港で切符を買い、ゴミ箱に銃を捨てた (後に清掃員によって発見されている) 。

その後、イギリス・ロンドン行きの飛行機に乗って向かっている途中で逮捕された。

シッランパーはコンピューターサイエンスを専攻し、修士号を取得するプロフェッショナルであった。

逮捕後、尋問や聴聞会、裁判ですらシッランパーは何も語らなかった。

シッランパーには過去に犯罪歴はなく、また、もの静かな性格で暴力行為等は一切なかった。

その為、動機が全くわからなかった。

シッランパーを診た専門家は、統合失調症であると判断した。


同年10月11日、裁判でシッランパーは精神的に異常であると判断された。


裁判所の裁定に不服を抱いた検察が控訴する。

検察はシッランパーが銃を隠すように捨て、フィンランドから飛行機で逃げようとした事の用意周到さを訴えた。


だが、2000年10月11日、控訴は棄却された。

シッランパーはクオピオにあるニウバニエミ精神病院に収容された。

事件後、多くの射撃場で銃器の入手を容易に出来ないよう強化された。


最後に銃撃後、射撃クラブを離れる際に言ったシッランパーの発言で終わりたいと思います。

「これは彼らがFBIアカデミーで私に教えたものです」



《殺人数》
3人 (他2人負傷)

《犯行期間》
1999年2月21日



∽ 総評 ∽

射撃クラブで銃を乱射し、3人を射殺したシッランパー。

銃撃事件はアメリカでは日常茶飯事であり、事件自体は珍しいという事はないが、この事件はかなり珍しい。

銃乱射事件の犯人はほとんどが男性で、女性という時点で珍しいし、本人が語らない為、動機が全くわからないのも不思議だ。

こういう事件を起こす犯人は、大抵が世の中に勝手に絶望したり何もかも嫌になって突発的に起こす事が多いが、シッランパーはそうではないように思える。

ただ、シッランパーは統合失調症と診断されているので、それが原因かもしれないが、個人的には違うように感じる。

シッランパーは精神病という事で有罪判決とはならず、おそらくその内、完治したとして病院から解放されると思われる。

治る事はまずないと思うので、また、同じような事件を起こす可能性があり非常に恐ろしい限りである。