_20181130_232610
ウィレム・アイク (オランダ)
【1941 ~     】



ウィレム・ヴァン・アイクは、1941年8月13日、オランダ・南ホラント州コルテラールのニーウコープで生まれた。


アイクは小学生の時、死んだ昆虫やカエルを集めていた為「Crazy little Willem (狂った小さなウィレム) 」と呼ばれた。

また、犬や猫、アヒル等に対して残虐行為を繰り返すようになった。


高校に入学してもアイクは友達もおらず孤独であったが、この頃から軽犯罪を犯すようになる。

そして、女性に対する強姦や殺人に対して羨望を抱き夢見るようになる。


1971年6月20日、コーラ・マンテル (15歳♀) は首都アムステルダムでボーイフレンドと会った後、アイトホールンの自宅に帰る為にヒッチハイクを行った。

アイクが乗る車がマンテルを拾うと強姦し、ショールで首を絞めて殺害する。

その後、遺体を溝に投棄した。

遺体は同年6月22日に見つかり、殺された日に宝石店で新しい仕事を始めた為、当初、宝石関係者が容疑者となった。


1974年8月19日、アールチェ・ヴァン・デル・プラート (43歳♀) の遺体が、トウモロコシ畑の側の道路で発見される。

プラートには複数の刺し傷があり、腹部が切り開かれ、左乳首が切り取られていた。

だが、数人の目撃者が現れ、遺体が見つかった場所の近くでプラートのモペッドに乗るアイクの姿が確認されていた。

これを受けて警察はアイクを逮捕し、尋問を行うとすぐにマンテルとプラート殺害を告白した。


1975年、アイクは18年の禁錮刑が言い渡された。

裁判中、アイクは自身の犯行について詳細に語り、そのリアルな様子は警備員が嘔吐するほどの凄惨な内容であった。

精神科医はアイクの逸脱した行動は、母親の体内にいた時の持続した脳への損傷の結果であると推測した。


1980年、アイクはアドリという名の女性と獄中結婚した。


1990年、アイクは釈放されると、アドリと共にハルクステーデに移った。

精神科医はアドリとの結婚が再犯の防止になると信じていたが、一方で今後のアイクに対する女性の拒絶等が再び犯罪を引き起こす可能性があると警告した。


1993年11月、売春婦のミシェル・ファトル (23歳♀) の遺体がエンウマティル近くの溝で見つかる。

ファトルは首を絞められて殺害されていた。


1995年1月21日、売春婦のアネリース・レインダース (31歳♀) の遺体がアッピンゲダム近くのエームス運河で発見される。


2001年7月17日、売春婦のサーシャ・シェンカー (34歳♀) の全裸遺体がハルクステーデ近くの運河で発見される。

シェンカーの遺体には重りとして石がくくりつけられていた。

シェンカーの着ていた服が、数ヶ月後にアイクの家の近くで見つかった。

その為、警察はアイクを主要な容疑者と判断して捜査を進める。


同年11月12日、アイクは逮捕された。

逮捕されたアイクはすぐにファトル、レインダース、シェンカー殺害を告白した。

ファトルは性行為中に首を絞めて殺害したと述べた。

警察は他にアイクが釈放されてから再逮捕されるまでの1993年から2001年の間、8人の少女や女性、売春婦がアイクの自宅周辺で殺害されていた。

これらの事件は未解決となっており、未だに犯人が逮捕されていなかった。

1995年、ウィンスホーテルディープ運河で売春婦アントワネット・ボント (24歳♀) の胴体が見つかった。

他の部位は後にスポーツバッグの中で発見された。

1997年、売春婦のシャーリー・アライジャー (19歳♀) の遺体が発見され、同時期にアライジャーの友人であるヨランダ・マイヤー (34歳♀) も姿を消した。

この3人に関しては他にも主要な容疑者が何人かいたが、全て無実である事が判明した。

警察がアイクに問いただすが、3人の殺害は自白せず、また、物的証拠も見つからなかった。

警察はアイクの家の周りにマイヤーの遺体が埋まっていると考え、発掘作業が行われたが見つかる事はなかった (現在までマイヤーの遺体は発見されていない) 。

ただ、警察はアイクによる犯行だと信じていた。

また、1997年に殺害されたアン・デ・ルーター・デ・ウィルト (♀) と2000年に殺害されたマリアンヌ・ヴァートストラ (16歳♀) の2人も当初、アイクが疑われたが、後にDNA検査でアイクは関係ない事がわかった (後に別の犯人が逮捕されている) 。


2002年11月7日、アイクには終身刑が言い渡された。

アイクは控訴したが、最高裁判所は判決を支持した。



《殺人数》
5人 (10人以上の可能性大)

《犯行期間》
1971年6月20日~2001年7月17日



∽ 総評 ∽

『The Beast of Harkstede (ハルクステーデの獣) 』と呼ばれ、少なくとも5人を殺害したアイク。

アイクは小学生の頃にはすでに異常性を示しており、精神科医が言っていた通り、胎児の時に脳に何らかのダメージを負っていた可能性が高い。

アイクは女性に対して強姦して殺すという羨望を抱いたが、これは動機としては殺人鬼には意外に多い。

ただ、大抵が女性に縁がないモテない男が抱く事が多く、もしそうだとしたらモテないのは自身のせいであり情けないの一言である。

アイクは2人を殺害し、わずか18年という刑罰で刑務所に入り再び釈放された。

しかも、再び犯罪を起こす可能性があると判断されたにも関わらず釈放された。

案の定、犯罪を繰り返したわけだが、わかってて同じ事を繰り返すヨーロッパ司法に呆れて言葉も出ない。