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ミシェル・ノーテック (アメリカ)
【1954 ~     】



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デビッド・ノーテック (アメリカ)
【1953 ~     】



ミシェル・ノーテックは、1954年4月15日、アメリカ・ワシントン州レイモンドで生まれた。


ミシェルは若い頃に結婚し、離婚した後、1988年頃にデビッド・ノーテックと再婚した。

その後、夫妻はミシェルの故郷であるレイモンドに移動し、そこに落ち着いた。

ミシェルはサウスベンドで美容師として働き始めるが、そこで、キャシー・ロレーノと出会い友人となる。


1991年、ロレーノが家族と口論となり、家を飛び出した。

そして、ロレーノはミシェルとデビッドの家に転がり込んだ。

だが、これまで仲の良い友人関係であったが、家に来た後、ミシェルはロレーノに対して虐待を繰り返す。


そして、1994年、ロレーノ (この時35歳) の家族が失踪したとして通報する。

警察がミシェルの家を訪れると、ミシェルはロレーノがトラック運転手とハワイに引っ越したと述べた。

ロレーノの兄弟が民間の調査員を雇い調べた所、ロレーノはミシェルらに殺されたと結論付けられた。


ミシェルにはシェーン・ワトソン (19歳♂) という名前の甥がいたが、1993年頃からミシェルとデビッドの家に引っ越し一緒に住んでいた。

だが、1994年、ロレーノが行方不明となって間もなくワトソンも行方不明となる。

その事を追及されると、ミシェルはワトソンが漁船に乗る為にアラスカに行ったと述べた。


2001年頃、ロナルド・ウッドワースはミシェルたちと一緒に住み始めた。

だが、ロレーノ同様、ウッドワースにも身体的虐待を行う。

目撃者によると、ウッドワースが下着のみを着用して家事をやらされ、2階建ての屋根から靴も履かずに下の砂利に向かってジャンプさせられていたという。

その為、ウッドワースは骨折や重度の裂傷を引き起こしていた。

そして、ウッドワース (この時57歳) も2003年に行方不明となる。

ウッドワースの事を問いただされると、ミシェルは自殺したと話し、遺体を埋葬した事を認めた。

ミシェルはウッドワースの遺体を埋めた場所に警察官を案内し、遺体を掘り起こすと検視する事となった。

すると、ウッドワースは自殺ではなく殺人である事が判明する。


同年8月8日、ミシェルとデビッドはウッドワース殺害で逮捕される。

そして、警察はロレーノに関しても2人に追及する。

デビッドはロレーノに関して、自身の嘔吐物が喉に詰まり窒息したと述べた。

警察が何故、病院に連れて行かなかったのか問うと、虐待によりロレーノは身体中に怪我を負っていた為、その事を追及される事を恐れた為だと話した。

また、デビッドはワトソンを22口径のライフルで撃ったと述べたが、殺害理由はワトソンがロレーノを虐待していた様子を写真に撮った事にミシェルが怒ったからだと述べた。

デビッドはロレーノとワトソンの遺体を燃やし、ビーチに灰を散布したと述べた。

ウッドワースに関しては、飛び降りて負傷した足にミシェルが熱湯をかけ、漂白剤を撒いて燃やした事がわかった。

検事は
「人間の命に極端に無関心」
だとミシェルの事を語った。

ミシェルはロレーノとウッドワース殺害で、デビッドはワトソン殺害で起訴されるが、両者共に罪状を認めなかった。


2004年8月18日、ミシェルは1件の殺人と1件の過失致死で懲役22年が言い渡された。

デビッドはワトソンへの第ニ級殺人で懲役15年が言い渡された。

デビッドは2019年に仮釈放の資格を得る。



《殺人数》
3人

《犯行期間》
1994年~2003年



∽ 総評 ∽

自宅に招き入れた人間を次々と葬ったミシェルとデビッド。

そもそもミシェルとデビッドが何故、これ程の犯行を行ったのかわからない。

ロレーノはミシェルと友人であり、おそらく家に招いたのはミシェルだと思うが、招き入れた後に虐待を繰り返した。

虐待する為に招いたのか何かきっかけであったのかわからないが、何にせよ非情としか言い様がない。

何故逃げないのか?という人もいると思われるが、恐怖で縛り付けていた可能性と、家族と喧嘩して出て来たという事もあり逃げられなかったのだろう。

ただ、ロレーノはまだしも、甥っ子を写真を撮ったからといって容赦なく殺害する辺り、完全に精神が破綻しているといえる。

検事が「人間の命に極端に無関心」と言っているがまさにその通りといえる。