_20200109_213035
イスモ・ジュニ (フィンランド)
【 1943 ~ 1995 】



イスモ・クレルヴォ・ジュニは、1943年6月、フィンランド・コンチュラで生まれた。


1980年8月、コンチュラでジュニは妻を殺害した。

ジュニは有力な容疑者であったが、証拠不十分により結局事故として処理された。


1986年6月、ヘルトニエミのキビノッカサマーキャンプ場で、ジュニはセッポ・マントニアミ (♂) とユハ・ヴァレ (♂) を殺害する。

マントニアミとヴァレはジュニの同僚であり、殺害後、ジュニは犯行現場に火を放った。


同年7月、ジュニは友人のマッティ・ハーパネン (♂) を夏の別荘で殺害し、家に火を放った。


1988年、ジュニはパウリ・シロネン (♂) を自身の夏の別荘で殺害し、その後、家に火を放った。

ジュニは遺体に強い関心を持ち、葬儀場に頻繁に訪れた。


1990年、ジュニには息子がいたのだが、息子が警察に母親の死は事故ではないと告げる。

実は、ジュニが妻を殺害した時、息子は学校に行く準備をしており、ジュニが妻を殴り浴槽に引っ張って行くのを目撃していた。

ジュニは尋問の為に警察に連行され、妻殺害を告白した。

警察は妻殺害に関して重要な証人であったハーパネンに話しを聞こうと考えるが、数年前にキビノッカで焼け死んでいた事が判明する。

調査官がハーパネンが焼け死んだ事をジュニに話すと、ジュニはその現場にいてどのような様子だったか細部まで話し始めた。

ジュニはハーパネンが泥酔し、その後、喧嘩になりハーパネンの頭をガラスボウルで殴り殺した。

その後、火を放つ前にハーパネンの歯を抜き取った。

そして、捜査が進むと、ジュニはその他の殺人についても詳細に話した。

ジュニは他の殺人の際も歯を抜き取ったと供述した。

だが、裁判が始まるとジュニは自白を取り下げ、一貫して無実を主張した。

何故、1度罪を認めたのか問われると、捜査している警官を喜ばせたかったからだと述べた。


1992年2月、ジュニは5人殺害で有罪判決が下され、終身刑が言い渡された。


1995年11月3日、ヘルシンキの刑務所で、ジュニは自殺した。

享年52歳。



《殺人数》
5人

《犯行期間》
1980年~1988年



∽ 総評 ∽

妻や友人など、5人を殺害したジュニ。

ジュニの犯行の珍しい所は、妻や友人、同僚など、身近な人間を殺害している所だ。

通常、連続殺人の場合は、縁もゆかりもない相手を標的にする事がほとんどだ。

ただ、動機については自殺してしまった為、正確にはわからない。

友人に関しては酔って喧嘩になったと述べたが、妻や同僚に関しては全くわからない。

また、ジュニは殺害した相手の歯を抜き取り持ち帰ったが、殺人鬼の中には犠牲者の一部を持ち帰る人間が少なくない。

戦利品という感覚なのかもしれないが、何故、歯に執着したのかはわからない。

ジュニはどのような幼少時代を過ごし、いつ結婚したかという事もわからない。

本人はすでに自殺してしまっている為、今後、わかる事はないが、謎が多い殺人鬼である。