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ダナ・ストドロバ (チェコ)
【1970 ~     】



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ヤロスラフ・ストドラ (チェコ)
【1966 ~     】



ダナ・ストドロバ (旧姓バビコバ) は、1970年7月19日、スロバキアで生まれた。


ストドロバはわずか15歳で結婚し、1年後、娘を生んだ。

だが、結婚生活は上手くいかず、すぐに離婚した後、チェコに移住した。

チェコに移住したストドロバは再婚する。

再婚後、ストドロバは夫とカナダに移住し、そこでバー・ダンサーとして働いた。


1997年、ストドロバはバーの仲間の従業員に強姦され、これ以降、PTSD (心的外傷後ストレス障害) に苦しむ事になる。

その為、ストドロバは薬物を多量に乱用し始め、その影響で結婚生活は破綻してしまい、離婚する事となる。

その後、ストドロバは母親の家があるチェコのスラヴォショフに移った。


1998年、ストドロバはヤロスラフ・ストドラ (1966年5月8日生) と出会い、結婚した。

ストドラの家庭は破綻しており、その為、若い頃に家を飛び出し自立した。

ストドラは物静かで、酒に酔った時だけ気持ちが大きくなる性格であった。

ストドラはストドロバと結婚した後も安定した仕事に就かず、その為、家庭は常に困窮していた。

貧困から脱却する為、夫妻は他人から奪う事を考える。


2001年9月30日、ハベジツェに住むアロイス・ミシュコフスキー (77歳♂) が、お金を貸してくれるという情報を入手し、ストドラとストドロバは訪ねた。

すると、ストドラはナイフでミシュコフスキーを脅し、16万クラウン (約80万円) を奪った。

そして、ミシュコフスキー夫妻を暴行し、縛ったまま逃走した。

夫妻は2日後に発見されたが、ミシュコフスキーの健康状態は悪く、病院に搬送された (その後、ミシュコフスキーは1年後に亡くなっている) 。


同年11月16日、ストドラはストドロバの母親の知人で隣人のヤロスラフ・サンダ (75歳♂) から奪う事にする。

その日の早朝、ストドロバが母親にストドラがまだ寝ていると話し、台所で会話を交わした。

その隙に、ストドラはかつらとナイロンのストッキングを顔に装着し、サンダの家に侵入する。

そして、ストドラは幕の後ろに隠れた。

サンダが家に戻り、それを確認するとサンダに襲い掛かり、床に倒した。

ストドラは金銭を要求し、サンダは4万クラウン (約20万円) を渡した。

その隙にサンダはストドラのストッキングを引っ張った為、ストドラは咄嗟にサンダの首を絞めて殺害した。

その後、サンダの遺体をベッドの中に隠し、いくつかの蝋燭に火を点け、家の物を盗んで逃走した。

逃走後、蝋燭の1つが倒れて家に火が点き火事となった。

サンダの剖検を行うが、医師は絞殺の痕跡には全く気付かず、しかも、頭部外傷に至っては気付いていたにも関わらず報告しなかった。

その為、サンダは外的要因による死ではないと結論付けられる。


同年11月28日、ストドロバは貴重な宝石類を所有していると知られている隣人のルゼーナ・スコホウティロバ (68歳♀) の家に侵入する。

ストドラが家の前で監視している間、ストドロバはスコホウティロバに殴りかかり、両手を縛って拘束した。

そして、スコホウティロバにお金の隠し場所を教えるよう脅した。

だが、スコホウティロバが拒否すると、ストドロバはスカーフで首を絞め、枕を顔に押しあて窒息死させた。

そして、5万クラウン (約25万円) といくつかの物を奪った後、遺体を書類や日用品と一緒に庭に埋めた。

これはスコホウティロバが休暇でどこかに出掛けたと見せ掛ける為だった。

スコホウティロバの遺体は2002年5月4日、家の建て直しの際に義理の息子によって発見された。


同年4月30日、ストドロバはムニェホニツェで、アントニン・クラール (66歳♂) の家を訪ね、水をくれないかと頼んだ。

クラールがドアを開けると、ストドラが家に押し入りクラールとその妻マリー (62歳) を拘束した。

そして、夫妻それぞれにお金のある場所を聞き出し、マリーが場所を告白すると、ストドラがクラールとマリーの首をランプケーブルで絞めて殺害した。

ストドロバは家の鍵を掛け、ストーブを点けてトイレの窓から逃走した。

近所の人達が夫妻の失踪を親戚に知らせ、すぐに遺体が発見された。

死因はストーブから発生したガスによる窒息死とされた。

だが、実は他に殺人に繋がる痕跡があったのだが、警察は法医学の意見を無視した。


2002年9月14日、ストドロバはインドルジフーフ・フラデツに向かい、そこで、マリア・コンドルバ (78歳♀) と出会う。

その後、コンドルバの家に行くと、椅子に縛ってお金の場所を聞いた。

コンドルバが拒否すると、ストドロバは無理やりギャグ (猿轡) を填め、ローラーピンで頭を2度叩き、胸を4回刺して殺害した。

ストドロバは家の中を捜索し、清掃した後、コンドルバの家で一晩過ごした。

だが、警察は目撃者がいたにも関わらず、この事件を当初から殺人事件として調べなかった。


同年10月28日、ストドロバの向かいの家に住んでいたヨセフ・マリノー (81歳♀) を襲った。

マリノーは日頃から家に貯金がある事を自慢していた。

ストドロバとストドラは家に侵入すると、ストドラがマリノーの頭を殴り、電話コードで首を絞めた。

しかし、コードが破れてしまい、その事に腹を立てたストドラが怒って蹴り始めた。

ストドロバは1万クラウン (約5万円) は見つけるが、言っていた200万ドル (約2億円) 相当の貯蓄を見つける事が出来なかった。

マリノーの死は自殺として処理された。


同年12月2日、ストドロバとストドラは、ボジェナ・チェルコバ (92歳♀) と娘のヘレナ (52歳) の住む家に侵入する。

チェルコバ親子の家に侵入した理由は、ヘレナが当時、ストドラが住んでいた寮を購入する予定であった為、お金持ちだと思ったからだった。

だが、丁度その時、もう1人の娘ダグマル・ワイズ (62歳) が家を訪ねて来る。

ワイズは襲われている母チェルコバを守ろうとするが、ワイズはストドラに殴られ縛られた。

そして、ストドロバとストドラはヘレナにお金の有りかを聞く。

ストドラはワイズの首をスカーフで絞めようとし、その後、チェルコバをベッドルームに運ぶとナイフで刺し、ヘレナを浴室に連れて行った。

ストドラはヘレナを枕で窒息させた後、刺して殺害する。

ストドロバはワイズを殺害し、自殺に見せ掛ける為に手首を切った。

ストドロバは正面玄関から家を出て行き、ストドラは正面玄関の上にある窓から出て行った。

だが、実はチェルコバは生きており、犯人は背の高い男だと警察に説明した。

この事件以降、ストドラの精神状態は急速に悪化し始める。

鎮静剤の服用し、アルコールも飲み始めた為、精神が破綻をきたし何度も自殺を試みた。

そんなストドラをストドロバは助ける事が出来なかったが、ストドラは徐々に回復していった。


2003年2月3日、ストドロバとストドラはヨセフ・ペロウトカ (78歳♀) の家のチャイムを鳴らした。

ストドラは妊娠したストドロバの為に水をもらえるよう頼んだ (もちろん妊娠は虚言) 。

ペロウトカがドアを開けると、ストドラがナイフで脅し、家の地下に連れ込んだ。

ストドラはペロウトカを拘束し、家の中を調べた。

だが、盗んだのは携帯電話とお菓子だけだった。

すると、丁度周辺の高齢者の連続殺人について調査していた警察官と遭遇し、ストドラは逮捕された。

そして、警察官はストドラとストドロバの事を調べると、ブルニェネツのホステルで長い間滞在していた事がわかり、その事を尋ねるがストドラはまともに答えられなかった。

ペロウトカは携帯電話を盗まれた事を警官に報告した。

警察はストドラの犯罪については認めていたが、ストドロバに関しては犯罪に関与していないと考え軽視していた。

警察は捜査を進め、ストドラがこれまでの犯行に及んだと考え、また、ストドロバも関与しているとし、ストドラに問い詰めるが、当初、ストドロバは関係ないと容疑を否認した。

だが、ストドロバはそれぞれの殺人について詳細に語った。

犯行現場を調べると、ストドロバの供述の正確さが鮮明となった。


2004年4月26日、ストドロバとストドラには終身刑が言い渡された。


2006年、ストドロバとストドラは相互の合意により離婚している。



* 追伸 *

ストトロバとストドラが夫婦なのに姓が違うのは、チェコでは姓は「男性型」と「女性型」というのがあるため。

例えば夫が「ノバーク」の場合、妻は「ノバーコバー」となり、息子は「ノバーク」で娘は「ノバーコバー」となり、家族でも男と女で姓が異なる。



《殺人数》
8人 (他被害者多数)

《犯行期間》
2001年11月16日~2002年12月2日



∽ 総評 ∽

金品欲しさに年金受給者の高齢者ばかりを狙い、殺害したストドロバとストドラ。

夫妻やカップルによる犯行というのはこれまで何組も紹介してきている通り、意外に多い。

ただ、大抵が男側の欲求を満たす為に妻や彼女が協力するという図式がほとんどであった。

その為、男の方が主体となり、犯罪を繰り返す事が多い。

だが、この2人の場合、どちらかというと進んで犯行に及んでいたのはストドロバの方であり、積極的に殺人も行った。

また、それぞれの犯行で殺人と結び付ける証拠や証言があったにも関わらず、警察は無視したり取り合わなかったりした。

この警察の怠慢が事件解決を長引かせ、被害者を増大させたのは間違いない。

せめて、罪が重ければ救いようがあるが、終身刑どまりであり、死刑のない国の遺族の無念は計り知れない。