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ウルフガング・オット (オーストリア)
【 1957 ~      】



ウルフガング・オットは、16歳の時に強姦の罪で逮捕され、15ヶ月の保護観察と精神医学的治療を課せられた。


だが、オットは治癒しておらず、その後、女性を2度誘拐しようとした (未遂に終わっている) 。


1995年5月30日、銀行員のソニア・S (23歳♀) を誘拐する。

そして、首都ウィーンにある自宅に連れ込むと、3日間監禁し、何度も強姦し凌辱の限りを尽くした。

その後、ソニアをサルザ川のほとりに連れ出し、服を脱がせて縛り、川に投げ込んだ。

縛られていたソニアは身動き出来ず、そのまま溺死した。

ソニアの遺体は同年6月26日に見つかった。


同年6月10日、オットは高校を卒業したばかりのカリン・M (19歳♀) を誘拐し、何度も強姦した。

そして、首を絞めて殺害すると、パルファウの森林地帯に遺体を埋めた。

カリンの遺体は約2年後の1997年6月6日に発見された。


同年6月12日、オットはペルヒトルツドルフで、43歳の実業家の女性を拉致し、自宅に20時間以上監禁し、何度も強姦した。

だが、オットが少しの時間外に出た時、女性が逃げ出し、警察に駆け込んだ。

警察はすぐにオット捜索を開始し、その間、オットは更に2人の女性を誘拐し、強姦した。

1人は自力で逃げる事が出来たが、もう1人 (23歳) はサルザ川の堤防まで車で連れられ、また会う事を約束した為、解放された。


同年6月20日、オットはオーバーエンターライヒ州アッター湖近くで、憲兵隊によって逮捕された。

逮捕された際、オットは自転車に乗っており、ドイツからの観光客を装っていた。


同年6月23日、オットの供述によりソニアの遺体を探していると、ヘルガ・V (34歳♀) の遺体を発見する。

警察はこのヘルガ殺害もオットによるものだと考えていたが、オット自身は否定した。

更に、1986年11月22日にモントゼー湖畔で発見されたマルティナ・ポスチ (17歳♀) 殺害事件は未解決となっていたが、この犯人もオットだと考えた。


1996年10月3日、オットはソニア殺害で有罪判決が下され、終身刑と精神病院の入院を命じられた。


1999年2月24日、オットはカリン殺害で更に終身刑が追加された。


2004年7月1日、オットは脱獄を図るが途中で見つかり、3週間の独房での生活を強いられた。


2017年4月24日、刑務所内で約20人分の鎮痛剤が見つかり、病院で検査した所、オットの薬物乱用疑惑が浮上した。



《殺人数》
2人? (4人の可能性あり)

《犯行期間》
1995年5月30日、同年6月10日



∽ 総評 ∽

最低2人の女性を監禁し、凌辱の限りを尽くして殺害したオット。

オットによる確実な犠牲者は2人だが、他に何人も強姦されており、オットによる犯行だとされた他の2件を含むもっと殺害しているのは間違いない。

そもそも、オットはわずか16歳で強姦して逮捕される程の生粋の強姦魔であり、そんな鬼畜が初めての殺人とされるソニア殺害までの約20年間、何もやっていなかったとはとても思えない。

下手すると2、30人殺害していても不思議ではない。

オットは強姦魔であったが、1度強姦して殺すのではなく、わざわざ監禁して何度も強姦する非情さであり、とても救いようがない。

ただ、オットは16歳の時に強姦で逮捕された以外、30後半で殺人を始めるまで、どのような人生を送ってきたのか詳細がなくわからない。

その間、2回誘拐を試みている事から、もしかしたら誘拐未遂で逮捕され刑務所に入っていたのかもしれない。