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ハムディ・カヤピナル (トルコ)
【 1979 ~      】



ハムディ・カヤピナルは、1979年、トルコ・カイセリ県メリクカズで生まれた。

3人兄弟のカヤピナルの家は貧しく、スクラップを集める事で生計を立てていた。


1994年、カヤピナル14歳の時、両親が自分よりも1歳年下の弟の方を好きだと勝手に思い込み、嫉妬のあまり首を絞めて弟を殺害してしまう。

逮捕されたカヤピナルは刑務所に収監されるが、4年後、保護観察となり釈放された。


1998年3月30日夜、ビジネスマンのイエサール・セザール (46歳♂) は、仕事から帰り自宅前で後ろから首を撃たれて死亡した。

遺体は翌朝に発見され、水路の近くで見つかった。

また、現金と腕時計が盗まれていた。


同年4月、セザール殺害から数日後、カヤピナルは逮捕された。

だが、この逮捕はセザール殺害ではなく狩猟用品店での窃盗の罪であり、4ヶ月刑務所に収監された後、カヤピナルは釈放された。


1999年4月、イブラヒム・アイデミル (37歳♂) が自転車に乗って運河沿いを走っていた所、ショットガンで撃たれる。

実はアイデミルはまだ生きており、犯人はそれを知っていたがそのまま逃走した。


アイデミル殺害から3日後、バンヤミン・セルビトップ (25歳♂) が、真夜中にアイデミルと同じ地域で撃たれる。

セルビトップは負傷したが死んではおらず、犯人はそのまま逃走した。


更に1週間後、メミス・ディンチャスラン (52歳♂) の遺体が発見される。

ディンチャスランは現金も盗まれていた。

この頃、運河周辺に住む住民たちは、犯人を『Canal Mobster (運河の暴徒) 』と呼び恐れた。


ある日、警官のイルハン・デュルス (♂) が襲われる。

犯人は警察車両を撃って逃走した。

しかし、デュルスが犯人を覚えており、20代で160cmくらいの細身の男性だと識別する事が出来た。


2000年末、運河沿いのガソリンスタンドの夜間警備員イブラヒム・ジェン (♂) が殺害される。

ジェンは至近距離から撃たれ貴重品が奪われていた。


2001年1月31日深夜、トレーダーのベドレッティン・デューバー (47歳♂) が散弾銃で射殺される。

銃弾がデューバーに当たったのを確認すると逃走した。


数日後、運河沿いで3体の遺体が発見される。

遺体はジャフェル・シャイン (♂) 、アブドゥラー・アスラン (♂) 、アリ・アラ (♂) の3人であった。

シャインとアスランは首を撃たれており、アラは建設労働者でショットガンで胸を撃たれていた。

また、被害者の貴重品は奪われていた。

警察は過去2年の間に行われた5件の襲撃事件が10kmの範囲内で行われている事に注目し、犯人は運河の近くに住み地域の事に非常に詳しい人物だと推測する。

そこで容疑者となったのがカヤピナルであった。

その理由として1999年5月から2000年末の19ヶ月間、犯行は起きなかったのだが、この期間、丁度カヤピナルは兵役の為にチャナッカレに行っていた (トルコは現在でも徴兵制度がある) 。

カヤピナルは警官デュルス襲撃直後に尋問されたが、証拠の欠如の為、解放するしかなかった。


同年、警察はカヤピナルを一連の事件の犯人だと断定し、真夜中に家に突入した。

だが、カヤピナルはいち早く素足で逃げる事に成功する。

警察は血痕の付着したズボンを見つけ、調べた所、最後の犠牲者であるシャインのDNAと一致する。

カヤピナルの妹は殺害に使用したショットガンの場所を警察に示した。


翌朝、カヤピナルは警察署に現れ投降した。

警察は証拠を提示すると、カヤピナルはこれまでの犯行について話し始めた。

犯行動機だが、弟殺害後に刑務所から釈放された時、カヤピナルとその家族が地域社会から疎外された事に対しての怒りだと述べた。

また、カヤピナルは犠牲者を「獲物」と表現し、犠牲者から奪った現金や貴重品を「戦利品」と表現した。

そして、自分自身を「ハンター」と述べた。


同年、裁判が始まると、カヤピナルは以前掲載した『The Furniture dealers′ Killer (家具ディーラーズ・キラー) 』ことセイット・アフメット・デミルチとどちらがより多く殺すか賭けて勝ったと述べた (デミルチは3人) 。


2002年、カヤピナルには窃盗や傷害、殺人等で合計懲役169年7ヶ月が言い渡された。


刑務所に収監されたカヤピナルは、法律に従い大人しく過ごしていた。

その為、昼休みに外出する許可が下り外に出た所、刑務所に戻って来なかった。


2016年2月、カイセリ県タラスにある親戚の家にいた所をカヤピナルは逮捕され、再度、刑務所に収監されるが、2017年2月、保護観察となり釈放された。


2018年8月2日、カヤピナルはカイセリのとある別荘で警備員として働いていた引退した元士官サミ・ユーマ (47歳♂) を散弾銃で射殺する。

そして、拳銃や貴重品を盗んだ。

特別警察チームが、監視カメラの映像から犯人をカヤピナルと断定し、捜査を進めた。


同年8月7日、カヤピナルは逮捕された。

家宅捜索すると、手袋や盗まれた2丁の銃、散弾銃や多くの弾薬が見つかった。

カヤピナルは犯行を認め、

「私は彼 (ユーマ) の銃が好きだったので、奪う為に3日間に渡って殺す計画を練った」

と述べた。



《殺人数》
8人

《犯行期間》
1994年~2018年8月2日



∽ 総評 ∽

『Canal Mobster』または『The Hunter』と呼ばれ、実の弟や警備員など8人を殺害したカヤピナル。

カヤピナルは弟を殺害後に刑務所から出て来た際の世間からの疎外感がその後の殺害動機に繋がったと述べたが、疎外されるのはむしろ当然である。

実の弟を嫉妬で殺すような異常者に何も考えずに受け入れられる程、世間は甘くなく、そんな理由で殺人を行うというのは身勝手極まりない。

カヤピナルは模範囚として過ごした為に外出許可が下りて外に出たが戻って来ず、再び逮捕されたが、わずか1年後に保護観察となり釈放された。

そもそも外出許可を出す自体理解出来ないし、その後、戻って来なかった凶悪犯を逮捕し、わずか1年後に保護観察で釈放するのが全く理解出来ない。

案の定、その釈放のせいで警備員が殺されたのだ。

しかも、持っていた銃が欲しいといった安直にして短絡的な理由で殺す救いのなさである。

カヤピナルはセイット・デミルチ (以前掲載) と殺す数を競って勝ったと法廷で述べたが、いつどのような経緯で知り合ったのか詳細がなくわからない。

基本的にシリアルキラーは孤独なので、別のシリアルキラーと接触するというのは珍しい事ではある。