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アントニオ・コスタ (ポルトガル)
【1953 ~     】



アントニオ・ルイ・コスタは、1953年、ポルトガル中央北部の小さな町サンタ・コンバ・ダンで生まれた。


1980年からポルトガル共和国国家警備隊 (通称、GNR) に所属し、2004年に除隊するまで25年間働いた。


2005年5月24日、イザベラ・クリスティーナ・イシドロ (17歳♀) が行方不明となる。

イシドロの遺体は1週間後の31日、大西洋上で見つかった。

実はイシドロは海に投げ込まれた際、まだ生きていた事がわかった。


同年10月14日、マリアナ・ロレンソ (18歳♀) が行方不明となる。


2006年5月18日、ジョアナ・オリベイラ (19歳♀) が行方不明となる。


同年6月24日、3件の行方不明事件の犯人として逮捕されたのはコスタであった。

逮捕されたコスタは、これまでの犯行を認めた。

コスタの指示により6月中にロレンソの遺体が、同年8月にオリベイラの遺体が橋の下で見つかった。

コスタは最初の犠牲者であるイシドロとは合意の下に性行為を行ったと述べ、ロレンソとオリベイラは脅してキスした後、強姦して首を絞めて殺害したと供述した。

犯行を自白したコスタだったが、後に発言を撤回した。

そして、真の犯人はロレンソの叔父だと供述した。

だが、電話の通話記録等からコスタが犯人だと確定する。


2007年7月4日、コスタの裁判が始まった。

だが、法廷でコスタは無罪を主張する。

また、コスタは最初と最後の裁判以外は無言で一言も喋らなかった。

検察官は法律で許可された最も長い刑期を尋ね、それが懲役25年だと知ると、軽過ぎると非難した。

このような残虐行為の場合、国家として厳しく対応し死刑を許すべきだと述べた (しかし、ポルトガルは1867年に死刑を廃止しており、これはヨーロッパで最も早く、EU加盟云々以前に廃止し、それ以来1度も復活させていない) 。

コスタは2度の精神科の検査で、精神病の兆候はなく、正常と判断された。


同年7月31日、コスタには懲役25年が言い渡された。



《殺人数》
3人

《犯行期間》
2005年5月24日~2006年5月18日



∽ 総評 ∽

3人の女性を強姦し殺害したコスタ。

コスタは警察組織に25年も所属しており、辞めた後に凶行に及んでいるが、理由がよくわからない。

おそらく組織にいた時に何らかの出来事に遭遇し、精神が破綻したと思われる。

検察官は最も重い刑を尋ね、それがコスタの犯罪を罰するのにあまりに軽いと判断し、死刑を求めた。

検察官の言う通り死刑を適用すべきであり、それ以外に選択しなどない。

だが、ポルトガルは前述した通りかなり昔から死刑を廃止しており、1度も復活した事がない。

1867年というと日本ではやっと明治になるくらいの時代であり、こんな時から死刑を廃止するというのはかなり早いといえる。

何故、ポルトガルがこんなに早くから死刑を廃止したのかわからないが、150年も凶悪犯を死刑にせずに刑務所に閉じ込めたり外に出していたと考えると恐ろしさしか感じない。