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ロドニー・キャメロン (オーストラリア)
【1955 ~     】



ロドニー・フランシス・キャメロンは、父親がキャメロン出生直後に死亡してしまう。


また、母親もキャメロンが7歳の時に心臓発作で死亡してしまう。

その後、里親に引き取られるが少年院に入る事となる。


少年院を出た後、わずか10歳で路上生活を余儀なくされる。

その後、少女や老婆の首を絞めようとした為、里親からも見放されてしまう。


思春期を迎えると、アルコールやドラッグ (メスカリンやLSD) に溺れ依存症となる。

しかし、その後は落ち着きを取り戻し、特に問題を起こさなかった。


そして、20歳になる前に年上の女性 (この時、女性は看護学校に通っており後に看護師となった) と結婚する。


1974年、キャメロン夫妻はオーストラリア・シドニー近郊のブルーマウンテンズに引っ越した。


同年、キャメロンは妻の同僚の看護師フローレンス・エディス・ジャクソン (49歳♀) を自宅のベッドに拘束し、強姦して首を絞めて殺害した。

警察はすぐに犯人をキャメロンだと判断したが、すでに逃走した後だった。


1週間後、メルボルンに逃げたが、そこでヒッチハイカーの銀行員フランシス・シリバート (19歳♀) を岩で殴り気絶させる。

そして、強姦した後、靴下で首を絞めて殺害した。

遺体は見つからないよう崖から落として捨てた。


その後、クイーンズランド州へ逃走するがそこで逮捕される。

裁判でキャメロンには終身刑が言い渡された。


1983年、仮釈放となり刑務所から解放された。


刑務所にいる間、親しくなったアンという女性と1986年に結婚する。

だが、リハビリが必要だと判断され、施設に収容される。


1990年3月、再び解放された。

キャメロンはラジオ番組に「煙草を吸わず酒も飲まない誰かと幸せを分かち合える事を切望する海洋生物学者」として紹介してもらい、興味を持った女性を募った。

すると、マリア・ゴーナー (44歳) という女性が興味を持ち、会う事となった。


同年6月、ゴーナーとモーテルに数日間滞在した。

数日後、モーテルのバスルームでゴーナーは遺体となって発見された。

バスルームのバスタブの水は血に染まり、首にはハンカチが巻き付けられていた。


キャメロンはゴーナーの車を盗んで逃走していてたが、メディアによって大々的に報道された為、すぐに逮捕された。

逮捕されたキャメロンは、『Lonely Hearts Killer (孤独な心の殺人者) 』と呼ばれるようになった。

裁判で仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡されたが、キャメロンは他にも殺人を告白した。

それはジャクソン、シリバート、ゴーナーの他に5人であった。

5人の内、名前が確認されたのは、1974年にミルソン・ポイントで殺害されたサラ・マッケンジー (79歳♀) で、マッケンジーは戦争で夫を亡くした未亡人であり、30回殴られた痕があった。

ただ、名前の確認がとれたのはマッケンジーのみで、他には1974年に絞殺された女性、鈍器で殴られた男性等は名前がわからなかった。

結局、8人の殺害は認められたが、警察はキャメロンには他にも余罪があるのではと考えている。



《殺人数》
8人

《犯行期間》
1974年~1990年6月



∽ 総評 ∽

『Lonely Hearts Killer』と呼ばれ、8人を殺害したキャメロン。

キャメロンは幼い頃に親を亡くしているが、それが後のキャメロンの精神状態に影響を及ぼした可能性は高い。

多くのシリアルキラーは、私生児だったり親に捨てられ里親に引き取られたり虐待されたりと不幸な幼少時代を過ごしている人物が多いが、その点に関してだけは同情に値する。

ただ、だからといって殺人を犯していいという理屈にはもちろんならない。

キャメロンの『孤独な心の殺人者』と別名を付けられたが、いつにもまして腹立たしいネーミングである。

ただの鬼畜な殺人鬼であり、孤独という少し哀愁を漂わせている事に不快感を覚えてならない。