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デララ・ダラビ (イラン)
【1986 ~ 2009】



デララ・ダラビは、1986年9月29日、イラン・ギラン州北部ラシュトで生まれた。


ダラビは10歳の時に絵を描き始め、腕前は相当なものであった。


2003年12月28日、ダラビはボーイフレンドのアミル・ホセイン・ソトゥデ (19歳) と強盗目的で父親の従姉妹マハン・ダラビ (65歳) の家に押し入った。

そして、マハンをバッドで殴った後、ナイフで数回刺して殺害した。

しかし、ダラビとソトゥデは鞄を取らずに逃走した。

結局2人は何も奪わずただマハンを殺害しただけだった。

その為、ダラビは助産師のサッズに電話し、マハンの家から鞄を取って来てくれるよう依頼する。

サッズは鞄を約束通り取って来てダラビに渡すが、この時、ダラビの父親がすでに警察に連絡しており、すぐにダラビとソトゥデは逮捕された。

逮捕された時、ダラビはまだ17歳で学生であった。

また、マハンを襲った理由は、マハンが家族の中で裕福だと知っていたからだった。

逮捕されたダラビはその日の内にラシュト刑務所に移送された。


翌日の29日、ダラビは裁判所に送られ、翌30日から裁判が始まった。

そして、イラン下級裁判所でダラビは殺人と窃盗で有罪判決を受け、殺人で死刑、窃盗で懲役5年が言い渡された。

ソトゥデは共謀罪により懲役10年が言い渡された。

ただ、ダラビはソトゥデから

「お前は未成年だから死刑になる事はない」

と言われ、実行犯になるよう説得されたと話し、後悔していると述べた。

しかし、ダラビは無実を主張する。

ダラビの弁護士は、犯行時、ダラビは鎮静剤を飲んでおり、その影響があったと述べた。

また、弁護士は彼女の告白だけに基づいた判決であり、重要な証拠を考慮しなかったとして控訴した。

だが、最高裁判所はダラビの判決を支持する。

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、ダラビについていくつかの公式な声明を発表し、死刑に反対した。

ダラビは刑務所にいる間、絵を描きいくつかの作品を完成させた。

作品は暗く不気味な物ばかりで、ダラビの心理的苦痛と無実を主張する精神状況が反映されていた。

また、ダラビは絵の他にも詩を書いた (「刑務所」というタイトルの詩が残っている) 。

更にダラビは刑務所で心理学や哲学を勉強し、研究した。


しかし、ダラビは刑務所で生活を送る中、精神的にも肉体的にも異常をきたし始め、2007年1月20日、手首を切って自殺を試みた。

だが、同じ部屋の囚人が気付き、すぐに病院に搬送され一命を取り止めた。

ダラビの家族は治療を刑務所の外で行うよう要求するが拒絶される。

アムネスティ・インターナショナルは、ダラビを支援する手紙をイラン当局に送った。

また、オンライン上にて請願について起草され、世界中の人達が閲覧する事になった。

この申し立ては、特に司法長官に対し、国際基準 (18歳未満には死刑を執行してはいけない) を遵守するよう呼び掛けるものであった。

ただ、イランの刑法では子供は思春期の年齢で成人としての責任があるとみなされていた (だが、男子は15歳、女子は9歳で思春期を迎えたとみなされ、男女で開きがあった) 。

また、イランでは死刑前に数年間懲役を科しており、その事についても非難した (ダラビも執行前の5年間、窃盗の懲役を全うしている) 。

ダラビの弁護士も130人もの未成年の死刑囚が、わざわざ18歳を過ぎるのを待って死刑を執行する事を批判した。


これを受け、同年4月、スウェーデンの首都ストックホルムで、2008年、テヘランでそれぞれダラビの絵画展で開催され、ダラビの解放を世界に呼び掛けた。

これら幾多の反対の為、司法当局はダラビへの死刑執行に対して2ヶ月の執行猶予を認めたが、ラシュト刑務所はこれを無視した。


2009年5月1日、ダラビには絞首刑による死刑が執行された。

享年22歳。

執行の数分前、ダラビは両親に電話をかけ、助けてくれるよう頼むが、両親は自分たちには何も出来ないと話した。

また、処刑の際、弁護士には事前に通知はされなかった。

ダラビの遺体はラシュトにある「天国の庭」と呼ばれる墓地に埋葬された。



《殺人数》
1人

《犯行期間》
2003年12月28日



∽ 総評 ∽

ボーイフレンドと結託し、親族を殺害したダラビ。

ダラビの死刑に対して多くの人達が反対し、抗議を行った。

しかし、ダラビの死刑は執行された。

思春期を迎えたら成人として裁くというのはどこの国にもない素晴らしいものだといえる (ただ男子と女子で差があるのが疑問である。一律15歳とかにするのがベストだと思う) 。

個人的にもダラビの死刑は当然であり、救おうとする事自体間違いだ。

そもそも、ダラビのボーイフレンドは父親の従姉妹が裕福な事を知るはずもなく、それを教えたのはダラビであり、そう考えるだけでも罪は重い。

ダラビはボーイフレンドに促されて罪を被ったと主張したが、仮にそうだったとしても結局実行したのは本人の意思だ。

結局、自分が罪を被り、軽い刑になれば2人共いずれ刑務所から出て幸せに送れると考えた末の犯行であり、とても許される事ではない。

個人的に納得いかないのはボーイフレンドが死刑にならなかった事だ。

片方は死刑、片方は10年ではいくら何でも差があり過ぎる。

どこか男尊女卑が根強いイスラム圏で、差別が浮き彫りとなったように思えてならない。