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エヴァン・ラムゼイ (アメリカ)
【1981 ~     】



エヴァン・ラムゼイは、1981年2月8日、アメリカ・アラスカ州アンカレッジで生まれた。


1986年10月、父ドンがライフルとリボルバー、200以上の弾薬で武装し、新聞社に侵入し、人質をとって立て籠った。

ドンの動機だが、以前、タイムズ紙に向けて書いた政治的内容の手紙を公表する事を拒絶された事に対する報復であった。

逮捕されたドンは懲役10年が言い渡された。

この出来事で母親は酒飲みとなってしまう。

その後、家が火事となり、一家はアンカレッジへ移動した。


ラムゼイ7歳の時、アンカレッジの青少年家族サービス部門は、ラムゼイを兄のジョンと共に母親から取り上げ、養子縁組に出した。


ラムゼイはジョンとは離れ離れとなり、1988年から1991年の間、11の異なる里親を転々とした。

ラムゼイは転々とした里親の下で虐待を受けた。

そして、アラスカ州ベセルで弟と共に里親と一緒に暮らし始めた頃から鬱病に苦しむようになる。


ラムゼイ10歳の時、鬱病が悪化し自殺を試みている (未遂に終わった) 。 


1997年2月5日、ラムゼイは近い将来学校を銃撃する事をクラスメイトに話しており、15人程が知っていた。

しかも、その中の2人はラムゼイに協力していた。

その1人、ジェームス・ランダルは、ラムゼイに散弾銃の扱い方を教えている。


同年2月19日、ラムゼイはショットガンで武装し、スクールバスに乗ってベセル・リジョナル高校へ向かった。

そして、高校に到着すると、ショットガンを取り出し、ジョシュ・パラシオス (15歳♂) の腹部を撃った。

パラシオスは病院に運ばれたが、手術後に亡くなった。

その後、ラムゼイは2人の生徒に発砲して負傷させた。

銃声を聞いた芸術科の教師レイナ・アサーナス (♀) は、ラムゼイに投降を促すが失敗する。

ラムゼイはメインロビーに入ると、そこで学校長のロン・エドワーズ (♂) を2発撃って射殺した。

その後、駆けつけた警官に対して1度発砲し、ショットガンを顎にあてて自らを撃とうとした。

だが、ラムゼイは

「自殺したくない」

と呟くとショットガンを床に置いて降伏した。

逮捕されたラムゼイだったが、動機は学校でのいじめであるとされた。

友人によるとラムゼイはからかわれている姿をよく目撃していたという。

ただ、数人の学生は事件当日、ラムゼイが銃撃事件を起こす事を知っており、学校にカメラを持って行きバルコニーからラムゼイの事件の様子を面白半分に撮影していた事がわかった。

また、母親が暴力的な男性と一緒に住んだ為、その義理の父親に兄弟共々虐待された (ラムゼイの兄は事件の1週間前に武装強盗を犯して逮捕されている) 。

更に、ラムゼイは養護施設にいた時に年上の少年に身体的、性的虐待を受けていた事も判明した。

ラムゼイはシューティングゲームを非常に好んでおり、警察の尋問に対し、

「私は彼らが死ぬ事を知りませんでした」

と供述し、ゲームのように人間を撃っても死なないと思っていたと話した。

裁判で検察はラムゼイを大人として裁くべきだと主張した。


1998年12月2日、裁判でラムゼイは第一級殺人と第一級殺人未遂など、15の罪により懲役210年が言い渡された。

しかし、後に懲役99年に減刑された。

ラムゼイが仮釈放の対象となるのは、2066年、85歳になった時である。


最後にABCニュースのインタビューに答えたラムゼイの発言で終わりたいと思います。

「誰かを撃ってもすぐに彼らが元気になると本当に信じていた」



《殺人数》
2人 (他負傷者2人)

《犯行期間》
1997年2月5日



∽ 総評 ∽

自身の通う学校に侵入し、銃を乱射して2人を射殺したラムゼイ。

ラムゼイは父親から虐待を受け、また、里親のたらい回しに合い、その里親からも虐待を受けた。

しかも、養護施設にいた時ですら性的虐待を受けるという悲惨な幼少時代を送っていた。

ラムゼイは鬱病が悪化したが、悪化するのは当然であり、こんな生活を送ってはまともに育つ方が難しいだろう。

そんな精神状態であったラムゼイは、人を撃ってもゲームのように生き返ったりなんでもないと思っていた (本気でそう思っていたのか虚言なのかはわからないが、実際本気でそう思っている人は少なからず存在する) 。

ただ、父親と兄も犯罪を犯しており、ラムゼイの家系はそういう遺伝的な家系なのかもしれない。

ラムゼイが銃撃事件をおこしている様子を知っていた学生たちはそれを遠くから面白半分に撮影していた。

秋葉原殺傷事件の際もそうだったが、事件の様子を携帯電話で興味本位に撮影する多くの一般人の様子をテレビで見た。

凄惨な事件を何も考えずに撮影する無神経さとモラルやデリカシーの低下に当時、異様さと驚きを感じた。

自分が被害を受けていないのであれば確かに他人事でありどうでもいい事かもしれないが、近年の他人に対する無関心と自分さえよければいいという自己中心的な発想に恐ろしさを感じずにはいられない。