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ウォロジーミル・コンドラチェンコ (ウクライナ)
【 1967 ~ 1997 】



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ウラディスラフ・ヴォルコヴィチ (ウクライナ)
【 1967 ~     】



ウォロジーミル・ドミトロビッチ・コンドラチェンコは、1967年、ウクライナ (当時はソ連) の首都キエフで生まれた。

コンドラチェンコは父親に虐待されて育った。

コンドラチェンコの父親は完璧主義者であった為、コンドラチェンコは学校では成績優秀の優等生であった。

しかし、この頃にはすでにコンドラチェンコの性格は変わっていた。


高校卒業後、コンドラチェンコの父親は自分が建設労働者であった為、コンドラチェンコに建築大学に行くよう強制する。 

コンドラチェンコは実際大学に行くが、1学期で脱落してしまい、18歳で赤軍に入隊する。

軍に入隊したコンドラチェンコだったが、ある日、タンクから落下した際に頭部に深刻な脳震盪を受けた。

コンドラチェンコは軍を辞め、帰宅すると父親は激怒し、殴った。

コンドラチェンコは学校に戻りたいと思うが、顔に重度の黄疸が出来てしまい、恒久的な傷痕として残ってしまう。

コンドラチェンコはその事が嫌で何ヶ月も外に出ようとしなかった。

両親はコンドラチェンコを精神医学施設に収容し、コンドラチェンコは拘束される。

その後、コンドラチェンコは改善されたとして解放されるが、仕事を見つける事が出来ず、家に籠る事となる。

しかし、家にいると父親と争いとなる為、コンドラチェンコは鬱屈した生活を送る事となる。

コンドラチェンコは1人で暮らしたいと考えるが、お金が必要な為、簡単には出来なかった。


ウラディスラフ・ヴォルコヴィチは、1967年、同じくウクライナ・キエフで生まれた。

ヴォルコビッチはごく平凡な家庭に双子の1人として生まれた。

家は貧乏であったが、ヴォルコビッチ常に外見にこだわり、お金を稼ぐ方法を模索していたが、地道にフルタイムで働く事は望んでいなかった。

そんな中、ヴォルコビッチはコンドラチェンコと出会い友人となる。

2人は様々な哲学的概念だけでなく、お金を簡単に稼ぐ方法をよく話した。

そして、最終的に2人は

「この世に倫理や名誉はない」

と結論付ける。


1996年6月18日、キエフにある鉄道駅近くで工場労働者のイェベニー・オヴェーチキン (44歳♂) が殺害される。

匿名の人物から警察に連絡が入り、犯人がオヴェーチキンをサイレンサー銃で撃ったと話した。

オヴェーチキンの検視を行うと、撃たれただけでなく、複数回刺されていた事もわかった。

警察は捜査を行うと、オヴェーチキンは恨みを持たれるような人物ではなく、また、強盗による殺人でない事も判明した。

そして、警察は同じ地域の過去の犯罪についても調べると、数ヶ月前にホームレスの男性が同じ .22口径の銃で撃たれ、刺されて殺害されていた事が判明した。

しかも、オヴェーチキンが殺害された場所からわずか100メートルしか離れていなかった。

その後、警察は駅周辺で監視を始め、何人かの人間を逮捕したが、全員アリバイがあり犯人ではなかった。


同年7月、オレクサンダー・エゴロフ () という地元で有名な医師が、昼間に車の中で射殺される。

事件の目撃者によると、犯人は30歳前後の男性とされた。


エゴロフ殺害からわずか1時間後、数ブロック離れた場所で男性が射殺される。

男性も同じライフルで殺害されていた。

目撃者の証言により、犯人はオヴェーチキンやエゴロフを殺害した人物と一致した。

犯行現場から検出された指紋は一致しなかったが、それは重要な事ではなかった。


エゴロフが殺害されてから2週間後、オレクサンダー・シャパック () が殺害される。

シャパックは殺害される前日、ガールフレンドと誕生日パーティーを行った。

すると、酔ったシャパックは2人の男性と口論となる。

口論の末、シャパックは男性2人に刺され殺害された。

シャパックのガールフレンドは犯人の男性2人について説明すると、これまでの殺人事件の犯人の様子と一致した。

そして、2人の男性の内、1人が「ウォロジーミル」という名前だと名乗っていたと述べた。


同年9月4日、男性の射殺された遺体が発見される。

男性はこれまでと同じライフルで頭と胸を撃たれていた。

また、これまで同様刺されていた。

だが、目撃者がおらず、捜査は停滞した。


同年9月28日午後10時30分頃、ペテル・グロモフ (40歳前後♂) が、車に乗っている所、2回撃たれ刺される。

その後、犯人は車の窓を破壊し、グロモフを車から引き摺り出し、車に乗って逃走するが、わずか1ブロック以内に車を放棄した。

警察はホモロフという男性の殺害現場近くのアパートを調べると、近くに住んでいる男性が犯人ではないかと女性から通報が入る。

情報を元に警察がアパートを監視下に置き、アパート内を調べると撃たれて刺された遺体が発見された。

遺体はオレクサンダー・ブィコフ () と断定された。

ブィコフ殺害は同年9月23日だと推定された。

その後も警察はアパートを監視し、犯人とみられる男性を確認し、尾行するが市場で見失ってしまう。

警察が捜査を洗い直すと、実は1991年から同様の事件が発生している事がわかり、確認されたオヴェーチキン殺害事件以前にすでに11人殺害されている事がわかった。

その為、これまで16人殺害されている事がわかった。

警察は過去のレポートを徹底的に調査し、犯人をコンドラチェンコだと断定する。

警察はコンドラチェンコ逮捕に動き出すが、コンドラチェンコは定住先を持たず、住所がわからなかった。

そこで、ブィコフとグロモフの殺人事件が発生した現場で張り込みを続け、ついにコンドラチェンコを逮捕した。

そして、共犯のヴォルコビッチも逮捕した。

逮捕された2人は直後に倉庫の警備員を殺害する予定であった事がわかった。

コンドラチェンコはこれまで22人の殺害を自供し (確認されたのは16人) 、他に数々の強盗や窃盗事件も告白した。

ブィコフ殺害だが、実はコンドラチェンコはブィコフとは何年も前からの友人同士であったのだが、コンドラチェンコがブィコフの妻と関係を持っていた。

しかも、ブィコフ殺害後、コンドラチェンコは未亡人となったブィコフの妻と関係を持ち続けていた事がわかった。

コンドラチェンコとヴォルコビッチが告白した殺人だが、犠牲者の多くは発見出来ず、告発出来たのは16人であった。

殺人について2人は金銭的利益を得る為にまず友人を殺そうと考えたが、どのように殺していいかわからなかった為、まず、ホームレスで試そうと考えたと述べた (これにより少なくとも5人のホームレスが殺害された) 。

また、車に乗っている人間を狙ったのも殺して車を売る為だと述べた。


裁判が始まる前の1997年5月31日、コンドラチェンコは拘留先で、処方薬の過剰投与により死亡した。

警察はコンドラチェンコの死を自殺と発表した (だがこの自殺は疑問視されており、処方薬の量を間違えたとも、わざと大量に投与して殺害したともいわれている) 。

コンドラチェンコの死により、ヴォルコビッチはこれまでの発言を覆した。

コンドラチェンコが死ぬ前は、一緒に殺人を行っていたと語っていたが、殺人の大部分はコンドラチェンコによるもので、ヴォルコビッチ自身はタクシー運転手1人しか殺害していないと述べた。


2000年8月、ヴォルコビッチには終身刑が言い渡された (ウクライナは2000年2月に死刑を廃止している) 。

ヴォルコビッチは殺人について一切後悔の念を示さなかったが、唯一、酔った際に間違えて射殺してしまった女性にだけは反省と謝罪を述べた (唯一の女性の犠牲者だった) 。


最後に裁判で殺人について語ったヴォルコビッチの発言で終わりたいと思います。

「彼ら (犠牲者) は人ではなく、単なるリストに過ぎなかった。彼らは私をまるでスーパーマンのように感じさせてくれた。殺人は麻薬のようなものだ」



《殺人数》
16人 (22人の可能性大)

《犯行期間》
1991年~1996年9月23日



∽ 総評 ∽

『The Nighttime Killers (夜間殺人者達) 』と呼ばれ、最低でも16人を殺害し、22人を殺害した可能性が高いコンドラチェンコとヴォルコビッチ。

ウクライナの殺人鬼と言えば、『ターミネーター』と呼ばれ、1989年から1996年の間に52人殺害したアナトリー (アナトーリ) ・オノプリエンコや、1980年から2005年の間に最低36人殺害し『ポロゴフスキーの狂人』と呼ばれたセルゲイ・タカク、『ドニプロペトロシクの狂人達』と呼ばれ、わずか2ヶ月足らずで21人殺害し、殺人の様子がネットに流出した『ウクライナ21』の3人等、強烈な殺人鬼を多数輩出している。

この2人とオノプリエンコ、そして、タカクの犯行は同時期に行われており、この時のウクライナは非常に危険だったといえる。

2人は友人を殺す為の練習として、今まで殺人を行っていない為に手始めにホームレス5人を殺害したが、その発想と行動は短絡的で救いようがない。

コンドラチェンコがこれ程異常になったのは、父親の虐待もあるが、軍隊の時に受けた脳へのダメージの可能性も高い。

また、コンドラチェンコは顔に出来た黄疸にコンプレックスを抱いており、かのアンドレイ・チカチーロもそうだが殺人鬼にコンプレックスを抱えている人物は多い。

2人はまともに働かないでお金を得たいと考え、手っ取り早く稼ぐ為に殺人を繰り返した。

ヴォルコビッチの発言の通り、殺人を繰り返していく内にそれが何とも言えぬ快感に変わっていったのだろう。

2人が殺害したのは1人を除いて男性ばかりであり、ゲイでもないのにこれだけの殺人を男性のみで行うというのは珍しい。

いくら車の運転手を狙ったといっても女性の運転手も沢山おり、2人はあえて男性ばかりを狙った。

しかも相手は30代から40代という最も精悍な年頃の男性のみであり、女性や子供、高齢者といった社会的弱者を一切標的としなかった。

金銭を目的としていたなら高齢者でも良かったはずであり、そう考えると非常に珍しい。

女性や子供、高齢者ばかりを標的とする凶悪で鬼畜な殺人鬼たちに比べると、最低の殺人鬼の中でもまだましな方かもしれない。

ウクライナは2000年2月に死刑を廃止した為、2000年8月に裁かれたヴォルコビッチは終身刑どまりであった。

個人的に不思議に思うのが、犯行を行い逮捕されたのは死刑廃止前であり、という事は犯罪に対する罰は死刑廃止前を参照にしないといけないのではないだろうか。

それなのに死刑が適用されない事に納得いかないのは私だけだろうか?