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スティーブン・スエッペル (アメリカ)
【1965 ~ 2008】



スティーブン・スエッペルは、1965年8月13日、アメリカ・アイオワ州アイオワシティで生まれた。

父をウィリアム、母をパトリシアといった。


スエッペルはアイオワ州にあるレジーナ高校を卒業し、その後、ノースアイオワ大学を卒業した。

大学を卒業後、スエッペルは銀行員として働き始めた。


スエッペルは聖マリアカトリック教会へ通っていたが、そこでシェリル・ケスターソンと出会い、1990年6月13日、スエッペルはシェリルと結婚した。

夫妻は結婚後、4人の韓国人の子供イーサン (♂) 、セス (♂) 、ミラ (♀) 、エレノア (♀) を養子に迎え入れた。

家族は聖マリアカトリック教会に毎週通った。


銀行員として長年働いていたスエッペルだったが、数年をかけて実に約55万ドル (約6000万円) を横領したとして起訴される。


2008年2月20日、裁判でスエッペルは横領とマネーロンダリング両方で無罪を訴えた。


同年3月23日深夜 (または24日早朝) 、スエッペルはシェリル (42歳) に暴行を加え殺害し、その後、4人の子供達をガレージに連れて行った。

そして、ガレージで一酸化炭素中毒で殺害しようと試みる。

しかし、失敗してしまった為、スエッペルは野球のバッドで次々子供 (イーサン10歳、セス8歳、ミラ6歳、エレノア3歳)を殴って撲殺した。

家族殺害後、スエッペルは近くの公園で溺死を試みるが失敗し、911に連絡した。

その後、スエッペルはバンを運転し、州間高速道路80号を走った。

そして、コンクリートの柱に自ら突っ込み事故死した。

衝突の衝撃で車は炎上し、大破した。

スエッペルの死体は激しく燃え尽きていた為、当初、身元がわからなかったが、後に歯科記録によりスエッペルと判明した。

スエッペルの犯行動機だが、本人が死んでしまっている為、真意はわからなかった。

ただ、スエッペルは横領で裁判中であり、それが原因ではないかとされた。

シェリルと子供達にはカトリックの伝統的な葬儀が行われる事になったが、スエッペルも一緒に葬儀をするかで論争が起きている。



《殺人数》
5人

《犯行期間》
2008年3月23日か24日



∽ 総評 ∽

妻と子供 (養子) 4人を殺害し、自殺したスエッペル。

スエッペルの殺害動機だが、本人が死んでいる為、正確な理由はわからない。

ただ、スエッペルは長年銀行で働いていたが、横領やマネーロンダリングで訴えられており、裁判の行方がわからない時の犯行であった。

その為、判決が出る前に自暴自棄となっての犯行だと思われるが、もしそうなら身勝手極まりない。

だが、仮にスエッペルが横領で無実だったとしても、自殺してしまえば犯行を認めたと同じである。

自殺した事で謎が多く残ったが、終身刑となってダラダラ生かすより自殺してくれて良かったと思う。