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アルバ・キャンベル (アメリカ)
【1948 ~ 2018】



アルバ・アール・キャンベルは、1948年4月30日、アメリカで生まれた。

キャンベルは6人兄妹であり、キャンベルは虐待され育った。


1959年から1965年の間、キャンベルはペンシルベニア州にある9ヶ所の異なる拘置所に配置され、また、2つの住宅治療施設に滞在した。

キャンベルの父親は、キャンベルの姉妹の1人を強姦し、リマ州立病院に収容された。

キャンベルの姉妹達が10代の頃、母親がお金とアルコールを引き換えに売春を強要した。

その為、15歳の姉妹の1人が妊娠してしまう。

そんな兄妹に同情したステビンズという男性が、兄妹に食べ物を与えた。

キャンベルは3件の武装強盗と殺人を目的とした強盗で逮捕され、オハイオ州の矯正施設に収容された。


1968年6月20日、キャンベルは不定期刑に処された。


1972年11月、キャンベルは強盗を行い、その際に男性を殺害し、逮捕された。

キャンベルは裁判で有罪判決を受けた。


1997年4月2日、キャンベルは麻痺を訴えた為、車椅子で裁判所に運ばれる事となった。

裁判所に到着すると、キャンベルは保安官代理を圧倒し、銃を奪って法廷を逃げ出した。

そして、たまたまいたチャールズ・ダイヤル (18歳♂) を銃で脅し、車に乗せた。

その後、車を走らせるが、その間、警察はラジオでキャンベルの事を呼び掛けた。

3時間後、キャンベルはダイヤルにトラックに乗るよう促すが、ダイヤルが拒否した為、キャンベルはダイヤルを2発撃って射殺した。

キャンベルは再び逃走を試みるが、車から走って逃げた所逮捕された。


同年10月7日、裁判で悪質な強盗と殺人で有罪判決を受けた。


1998年4月10日、キャンベルには死刑が言い渡された。


2017年5月1日、オハイオ州知事ジョン・カシックは、キャンベルの死刑執行を同年9月13日から11月15日に変更した。


同年11月15日朝、キャンベルは執行部屋に送られるが、執行担当者がキャンベルの腕や脚の静脈を25分間調べるが見つける事が出来なかった (注射は基本的に静脈に射たれる) 。

その為、IV (経静脈投与) 出来ないとして、キャンベルの死刑執行は2019年6月5日に延期される事となった。

そもそもキャンベルは楽に死ねるという理由で銃殺を望んでいたのだが、オハイオ州では銃殺刑を認めていなかった。


2018年3月3日、キャンベルは刑務所内で死去した。

享年69歳。

キャンベルは喫煙の習慣があり、肺や心臓に疾患があった。

その為、それらが原因で死亡した。

余談だが、死刑執行中に執行が中断されるのは、アメリカでは3回目であった。



《殺人数》
2人

《犯行期間》
1972年11月、1997年4月2日



∽ 総評 ∽

静脈を見つけられなかったとして執行を延期されたキャンベル。

キャンベルの両親はかなり異常な人物であり、キャンベルは虐待されて育った。

アメリカの殺人鬼は虐待されて育った人物が少なくないが、こんな家庭環境でまともに育てという方が無理な話しだ。

ただし、だからといって刑の重さに影響させてはいけない。

キャンベルが異常になったのは虐待が原因でまず間違いないだろう。

キャンベルは麻痺していると偽り逃走を図ったが、仮に本当に麻痺だったとしても容易く逃走出来る所が疑問でならない。

キャンベルは死刑執行の際、静脈が見つからない事を理由に死刑が延期された。

延期するのは仕方ないかもしれないが、1週間後とかならまだしも、何故、1年半後も先に延びるのか。

そもそも本人は銃殺を望んでおり、お望み通り銃殺にして上げれば良かったのだ。

そうすれば静脈が見つからないとかそんなどうでもいい事を気にしなくて済んだのである。