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ポール・パウエル (アメリカ)
【1978 ~ 2010】



1999年1月29日、アメリカ・バージニア州マナッサスで、ポール・ワーナー・パウエル (1978年4月13日生) は、友人のステイシー・リード (16歳♀) に黒人のボーイフレンドがいる事に怒りを覚えていた (ステイシーは白人女性) 。

パウエルはステイシーを呼びつけると、まず、強姦しようとする。

だが、ステイシーが抵抗した為、パウエルはナイフでステイシーの胸を刺した。

その後、パウエルは血を流し、虫の息のステイシーを横目にステイシーの妹クリスティ (14歳) が学校から帰るのをアイスティーを飲み煙草を吸いながら待った。

だが、中々クリスティが帰って来なかった為、パウエルは瀕死のステイシーを強姦し、腹部を刺した (傷は胃に達していた) 。

その後、喉を切り首を絞めて殺害した。

クリスティはステイシーの遺体を見つけ、911に連絡した。

パウエルは慌ててクリスティを探し出し、地下室でクリスティを見つけると、ナイフで切りかかり、強姦した。

クリスティは喉を負傷するも、生き残る事が出来た。


パウエルは逃走するが、翌日の30日、逮捕された。


裁判でバージニア州最高裁判所は、パウエルがステイシーとクリスティを強姦したという証拠が不十分であるとした。

だが、後にクリスティが強姦されたという事が認められ、パウエルには更に3つの終身刑が言い渡された。

検察に対して激怒したパウエルは、罵倒や脅迫の内容の手紙を書き、クリスティの家族に送った。

この手紙には事件の詳細が書かれており、検事はステイシー強姦で再びパウエルを起訴した。

パウエルは再び有罪判決を受け、死刑を言い渡された。


2010年3月18日、パウエルには死刑が執行されたが、パウエルは致死量の注射ではなく電気椅子での処刑を選択した。

パウエルは最後の言葉を何も語らなかった。

余談だが、パウエルは2003年にダーウィン賞 (チャールズ・ダーウィンにちなんで名付けられた賞。愚かな行為で死亡したりもしくは生殖能力を無くす事によって自らの劣った遺伝子を抹消し、人類の進化に貢献した人に送られる皮肉の名誉) で『At-Risk Survivor (リスクのある生存者) 』に指名されている。



《殺人数》
1人 (他1人強姦)

《犯行期間》
1999年1月29日



∽ 総評 ∽

友人の少女を黒人と付き合っているという事を理由に強姦して殺害したパウエル。

パウエルは友人の少女が黒人と付き合っている事に嫌悪を抱いており、差別主義者であった。

ただ、相手の黒人男性を殺害するならまだしも、友人の白人少女を殺害している所に救いのなさを感じる。

しかも、全く関係ない犠牲者の妹も強姦するという鬼畜振りであった。

パウエルは黒人差別を名目に少女を強姦したかっただけに過ぎないと思われる。

パウエルはダーウィン賞に指名されたが、こんな賞が存在するなんて日本ではとても考えられなく、アメリカらしいといえる。

ただ、パウエルの劣悪な遺伝子が後世に不必要なのは間違いない。