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ウンベルト・ガルシア (アメリカ)
【1973 ~ 2011】



ウンベルト・レアル・ガルシアは、1973年1月16日、メキシコ・ヌエボ・レオン州モンテレーで生まれた。


ガルシアは2歳の時にアメリカへ移住したが、脳障害に苦しんだ。

また、ガルシアは子供の頃、司祭によって強姦された。


1994年5月21日、ガルシアはアドリア・ソーセダ (16歳♀) を誘拐すると、強姦し、殺害する。

ソーセダはパーティーに出掛け酔っており、男性グループ (ギャング) に輪姦された。

その後、ガルシアがソーセダの家まで車で送ると述べた。

ガルシアがソーセダの家に着き、ソーセダが車から離れると、ガルシアは背後から30~40ポンド (約13~14kg) のアスファルトの岩で殴りかかった。

ソーセダは左腕と頭部を損傷し、倒れた。

その後、ガルシアは伸びるタイプのスティックをソーセダの膣の中に15インチ (約40cm) 押し込んで殺害した。


逮捕されたガルシアは、ソーセダの頭が殴られた事について本人が地面に倒れた時についたものだと述べた。

また、ガルシアはソーセダを強姦したのは自分だけではなく、ギャング数人に強姦されたと述べたが、誰1人告発される事はなかった。

ガルシアはソーセダ殺害で起訴されたが、これにメキシコ領事館が批判を行った。

実はガルシアはメキシコ国籍であり、他国で逮捕された場合、メキシコ領事館に助けを求める事が出来た。

だが、ガルシアは警察からその事を知らされていなかった。

ただ、警察はその事について、逮捕時、ガルシアがメキシコ国籍だという事を明らかにしなかったとしてメキシコ政府の主張を退けた。

陪審は45分の審理の末、有罪判決を下し、死刑が言い渡された。

だが、テキサス州の法律では、死刑を宣告する場合、1人の殺害だけでは死刑判決は出してはならず、他に重罪が重ならなければならなかった。

検察は殺人以外に誘拐と強姦を主張し、死刑は妥当だとしたが、ガルシアの弁護士は性的暴行に関するDNAの証拠がないと主張した。


1998年、ガルシアはメキシコ領事館に電話する事が出来なかったという理由で上訴した。

国際司法裁判所もガルシアの主張を支持し、死刑判決に異を唱えた。


ガルシアの死刑執行予定日が近づくにつれ、当時のオバマ大統領は「国際法の尊重」を掲げており、ガルシアの死刑が執行された場合、アメリカの利益に「回復不能な害」を及ぼすと声明を発表した。

また、
「アメリカの対外政策、法執行機関やメキシコや他国との協力等、様々な重大な影響を及ぼす」
とし、オバマ政権は30ページに及ぶ死刑囚の外国人の権利に関する法案を検討しながらガルシアの死刑執行を猶予するよう最高裁判所に求めた。


だが、控訴から16年後の2011年7月7日、ガルシアには致死量の注射による死刑が執行された。

享年38歳。

ガルシアのスペシャル・ミール (最後の特別な食事) は、フライドチキン、ピコ・デ・ガロにタコスであった。

また、執行前の最後の言葉は

「ビバ!メキシコ」

であった。

国連人権高等弁務官のナビ・ピレイは
「ガルシアの死刑執行は国際司法裁判所の役割を損なうものであり、その影響はテキサス州を遥かに超えて広がる可能性が高い」
と述べている。



《殺人数》
1人

《犯行期間》
1994年5月21日



∽ 総評 ∽

少女を強姦し、殺害したガルシア。

ガルシアへの死刑執行は、オバマ大統領や国際司法裁判所、メキシコ政府からの反対がありながらも執行された。

私からすれば死刑は当然で、この執行にとやかくいっている神経が理解出来ない。

ガルシアはメキシコ国籍な為、逮捕された際に領事館に助けを求める事が出来るが、だからといってやった犯罪が軽くなるわけではない。

少女を誘拐し、強姦して殺害した事が全てで、それに対して死刑が下される事の何がいけないのか疑問しかない。

オバマ元大統領やアメリカ政府はガルシアの死刑執行は「対外的に重大な影響を及ぼす」と述べたが、こんな異常者を処刑して他国と関係が悪くなるなら所詮その程度の関係だといえる。

今回に限ってはテキサス州があらゆる外部からの声を無視して死刑を執行した事は称賛に値する。