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ジョセフ・アトキンス (アメリカ)
【1947 ~ 1999】



ジョセフ・アーネスト・アトキンスは、1947年6月、アメリカで生まれた。


1969年12月31日、アトキンスは兄チャールズを殺害する。

逮捕されたアトキンスは、終身刑を言い渡された。


1980年、アトキンスは仮釈放となり出所した。

出所後、アトキンスはサウスカロライナ州チャールストンで、義理の父ベンジャミン・フランク・アトキンスと一緒に住み始めた。


1985年10月27日、アトキンスは酔っ払った状態で、マチェットにショットガン、リボルバーで武装し、隣人の家に侵入する。

そして、ベッドに寝ていたカレン・パターソン (12歳♀) にマチェットで切りかかった。

その後、ショットガンで撃ってパターソンを射殺する。

パターソン殺害後、パターソンの母親を追って家を出たが、母親ファサは逃げた為、追うのを諦め家に戻った。

そして、ベンジャミン (当時75歳) を撃って射殺した。

アトキンスはすぐに逮捕された。

実はアトキンスは日頃から隣人のファサと喧嘩しており、仲が悪かった事がわかった。


裁判が行われると、アトキンスの弁護士はアトキンスはアルコール中毒であり、犯行時、酔っていたと主張した。

だが、検察は犯行時、アトキンスは隣人の家の電話回線を切っていたと述べ、計画的であったと主張した。


1986年、裁判でアトキンスには致死量の注射による死刑が言い渡された。


1999年3月23日、アトキンスには致死量の注射による死刑が執行された。

享年51歳。

アトキンスの死刑執行は、1999年、サウスカロライナ州としては6番目の執行であった。



【殺人数】
3人

【犯行期間】
1969年12月31日、1985年10月27日



∽ 総評 ∽

兄と義理の父、隣人の少女を殺害したアトキンス。

アトキンスがどのような人生を歩んできたのか詳細がなくわからない。

また、アトキンスの殺害理由がよくわからない。

まず、兄の殺害理由が詳細がなくわからず、義理の父親の殺害もわからない。

アトキンスの弁護士はアトキンスがアルコール中毒で、犯行時に酔っていた為、殺意がなかったと主張したが、そんな事が通用するなら世の中の酔っ払いが全て何をしても許される事になってしまう。

好んでアルコールを摂取したのはアトキンスであり、拘束されて無理やり飲まされたわけではない。

そんな事でいちいち刑の軽重を決めていたら被害者は浮かばれない。

司法は加害者の様子や状況ではなく、まず、起こした犯罪だけを見て対応して欲しいと願う。