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ディラン・シュメイカー (アメリカ)
【1997 ~ 】



ディラン・シュメイカーは、1997年1月9日、アメリカ・ニューヨーク州バッファローで生まれた。


2013年3月19日午後4時頃、スプリングヴィルでアシュリー・スミス (19歳♀) は、子供のオースティン (1歳♂。翌日の20日に2歳になる) の世話をボーイフレンドのシュメイカーに任せ、家を出た。

4時間後、シュメイカーは911に連絡する。

シュメイカーはオースティンが急に動かなくなったと話した。

すぐに保安官のティム・ハワードが現場に駆けつけ、様子を確認する。

ハワードはオースティンの顔の周りに打撲の痕がある事を確認する。

オースティンは病院に搬送されるが、間もなく死亡した。

検死の結果、オースティンには複数の打撲の痕がみられ、死因は頭部の鈍器で殴った事による外傷だとわかった。

警察はすぐにオースティン殺害容疑でシュメイカーを逮捕する。


裁判で検察は
「オースティンが泣き止まない事に腹を立てた被告は、枕を顔に押しあてた。それでも収まらない為、オースティンの頭を数回殴った」
と供述した。

シュメイカーは、逮捕される6ヶ月前に薬物のリハビリを終えていた事がわかった。

シュメイカーの妹は証言台に立ち
「兄は薬物を克服する為、学校で本当に良くやっていた。リハビリを終えた後は薬物には一切手を出していなかった」
と話した。

オースティンの母アシュリーは、両親から家を追い出され、一時的に郡の保護を受けケアセンターで生活していた。

実はシュメイカーとアシュリーは元々3年前からの知り合いだった事がわかり、シュメイカーと出会い交際に至り、一緒に住み始めたのだった。


当初、シュメイカーには懲役25年が言い渡された。

判決を言い渡した時、裁判官は
「あなたはマニピュレータ (操る人という意味) で詐欺師である」
とシュメイカーを痛烈に非難した。

だが、シュメイカーは控訴した事で2017年1月、仮釈放までの期間が18年に短縮された。

このシュメイカーの裁判は「white privilege」いわゆる白人特権を利用したとされ非難を受けた。


最後に法廷で発言したシュメイカーの言葉で終わりたいと思います。

「私がしなければならない事は泣く事です。そして、彼らは私を気の毒に思うでしょう」



《殺人数》
1人


《犯行期間》
2013年3月19日




∽ 総評 ∽

ガールフレンドの2歳に満たない幼児を殺害したシュメイカー。

泣き止まない事に腹を立てての行動だが、おそらく日頃からイライラしており、それが蓄積され爆発したのだろう。

稚拙な16歳の少年には耐えられない事だったのだろうが、犯行の残酷さがシュメイカーの異常性を際立たせている。

そもそも、この若さで薬物に溺れリハビリを受けている程なので、すでにまともな人間ではないといえる。

シュメイカーは白人特権により刑が甘く、減刑されたと非難を受けた。

白人特権というのはもちろん法律には存在せず、推測の域を出ない (以前は存在した) 。

日本で考えれば16歳の少年に懲役25年というのは決して甘くはないが、アメリカでは決して厳しいとはいえない。

その為、「白人だから刑が軽かった」と言われても仕方ない。

これが仮に黒人の少年が白人の幼児を殺害したとなれば、この程度の罪では許されなかったであろう。