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ヴィンツェンツォ・アユティーノ (フランス)
【1970 ~ 】



ヴィンツェンツォ・アユティーノは、1970年3月10日、スイスで生まれた。

アユティーノの父親はシチリア出身で、アユティーノの事を認めず、無視した。

そして、アユティーノが生まれても間もなく一家はベルギーに移った。


1975年、アユティーノの姉 (7歳) が父親によって強姦されるが、その様子をアユティーノは見させられ、参加を強要された。


1985年、アユティーノは学校で建築について学んでいたが、女性に猥褻行為を繰り返し、精神科に入院させられた。


1986年、アユティーノは学校を退学させられた。

その後、アユティーノは再び4人の女性に猥褻行為を働き、逮捕され有罪判決を受け、懲役3年が言い渡された。


1990年7月、アユティーノは刑務所に収監されている間、離婚したばかりのマリー=アンティネット・カラと獄中結婚した。


1991年8月6日、フランスのモン・サン・マルタンで、イザベル・ルネナン (20歳♀) は友人と食事を摂っていた。

ルネナンは友人を残し、大型のスーパーマーケットの駐車場に向かうと、そこに重い物を運ぶ男性がいた。

男性はルネナンに助けを求め、ルネナンは快く応じた。

これ以降、ルネナンは行方不明となる。

同年10月20日、ベンギーのデュルパンジュの森で、2人のハンターが全裸の死体を発見する。

死体は腐敗が進んでおり、誰か判断出来なかったが、身に付けていた宝石類でルネナンと断定された。

検死を行うとルネナンは強姦されており、鉄の棒で頭部を中心に殴られた事による頭蓋骨骨折が死因である事が判明した。


同年9月13日、同じくモン・サン・マルタンにあるスーパーマーケットで、イザベル・クリストファー (21歳♀) は出納係として働いていた。

すると、ルネナンの時と同じ手口で、クリストファーも重い荷物を運ぶ男性を手伝い、その後、行方不明となってしまう。

長らくクリストファーは行方不明となっていたが、1992年2月28日、死体が発見される。

クリストファーも強姦され、鉄の棒で殴られており、死因は絞殺であった。

警察は2人が行方不明となった当初、家出や自殺と考えて殺人としての捜査を行っていなかったが、死体が発見されその様子から強姦殺人として捜査を再開した。

そして、近隣地域の性犯罪者ファイルを調べ、容疑者を4人に絞り込んだ。

その4人の内の1人にアユティーノがいた。


同年12月2日、捜査官がアユティーノに電話をかけ、警察署に拘束する。

しかし、証拠がなかった為、10時間後に解放するしかなかった。


1992年2月25日、フランス・ムルト=エ=モゼル県ロンウィで、医療関係に従事するベルナデット・ブール (40歳♀) が行方不明となる。

ブールは同年2月末にアロンドレル=ラ=マルメゾンの林の中で死体が発見された。

ブールの死体は木にかけられており、強姦され鉄の棒で殴られていた。


しかし、ブールが行方不明となった翌日の26日、捜査官が再びアユティーノに電話をかけ、家に向かうとアユティーノは逃走を図る。

だが、その後、アユティーノはベルギー・オバンゲにある父親の家でベルギー警察により逮捕された。


1993年、逮捕されたのはベルギーだが、犯行はフランスで行われていた為、アユティーノはベルギーを追放され、フランスで裁かれる事となった。

アユティーノを診察した精神科医は
「非常に危険な性格で治癒不能な精神病」
と診断した。

しかし、裁判ではアユティーノに責任能力があるとされた。


1998年3月6日、アユティーノには最低18年は仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡された。

だが、この時点ですでに5年間拘留されていたので、2011年に仮釈放される可能性があった (2011年にアユティーノが仮釈放されたという噂が流れたがデマであった事がわかった) 。


1998年11月、アユティーノは刑務所の監督官に暴行を働き、懲役5ヶ月が追加されている。



【殺人数】
3人


【犯行期間】
1991年8月6日~1992年2月25日




∽ 総評 ∽

女性3人を拉致し、強姦して殺害したアユティーノ。

アユティーノは父親による虐待により完全に精神が破綻をきたした。

虐待は多くのシリアルキラーが幼少時に受けているが、このアユティーノもその例に洩れなかった。

アユティーノは重い物を持ち手伝ってくれるよう頼んでその不意をつくというやり方であった。

これはかのテッド・バンディのやり方と非常に酷似しており、そのやり口は陰湿で狡猾であった。

アユティーノは1度容疑者として逮捕されたが、証拠がない為、10時間後に釈放された。

その時、釈放しなければ少なくともブールは殺されすに済んだ。

「疑わしきは罰せず」というのはわかるが、10時間しか拘束出来ないというのは人権がどうだとかそういった理由だろう。

疑わしいのであれば、せめて完全に容疑が晴れるまで拘束し続ける司法であって欲しい。

アユティーノは2011年に仮釈放されたというデマが流れたが、そもそも仮釈放というのが存在するからこんな事になるのだ。

フランスは現在死刑を廃止しているので、終身刑は仕方ないが、せめて一生刑務所に閉じ込め外に出さないで欲しいものだ。