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ホセ・イグナシオ (スペイン)
【1954 ~ 】



1978年9月17日、スペイン・バルセロナのレセップで、オーディナ・パイラー・サンチェス (57歳♀) が殺害される。


1979年1月15日、同じくレセップで、セラフィナ・ディアス・デ・ズルエタ (80歳♀) とマリア・アンヘレス・ディアス・デ・ズルエタ (91歳♀) が殺害される。


同年2月26日、一連の女性殺害で逮捕されたのは、ホセ・イグナシオ・オルデニャ・メイヨ (1954年生まれた) という男性であった。

逮捕されたイグナシオは殺人を認めた。

イグナシオは1979年1月15日午前12時頃、歩いていたマリアを尾行し、家に入った直後にノックした。

マリアはすぐドアを開けるが、イグナシオはマリアを押し倒し、殴って意識を失わせた。

その後、イグナシオは同じく家にいたセラフィナにも殴りかかり、ベッドに運んだ。

そして、イグナシオはセラフィナを強姦しようとするが上手くいかず、その為、殺害して体を解体した。

セラフィナ殺害後、イグナシオは意識を取り戻したマリアも殺害するが、その時、セラフィナの甥が友人を連れて家に来た。

慌てたイグナシオは甥をナイフで刺し、逃走したのだった。

また、イグナシオは玄関の前にいた8歳の少女を強姦しようとした事を話し、この時、男性によって邪魔されたのだが、その男性を刺したと述べた。

更に22歳の女性を空き地に連れ込み強姦し、他に40歳と48歳の女性を強姦したと告白した。


1982年1月2日、イグナシオには殺人と殺人未遂、強姦等で懲役86年と11ヶ月が言い渡された。


1997年12月、イグナシオは仮釈放される。


そして、釈放された直後、イグナシオはカルメン (80歳♀) というの名の老婆を襲い、強姦して殺害する。


1998年2月、イグナシオは再び逮捕されるが、その際、激しい抵抗を行い、その為警官が負傷した。
 
イグナシオは逮捕される際、20歳以上離れた年上のガールフレンドと一緒に住んでいた事がわかった。

イグナシオのやり口は、歩いている老婆を尾行し、家に侵入すると驚かせ、頭部を殴って気絶させた所を強姦するという非情なものであった。

また、イグナシオは自分が高齢の女性を好むようになった事について、子供の頃、祖母の性行為を目撃した事があり (初めて見た性行為) 、それに異様に興奮し、それから老婆を好むようになったと述べた。

裁判でイグナシオを診た精神科医は、
「明確な精神病疾的性格を伴った行動」
であると供述し、イグナシオは典型的なサイコパスであると語った。


2000年10月、イグナシオには25年の禁錮刑が言い渡された。



【殺人数】
4人
(他強姦被害多数)

【犯行期間】
1978年9月17日~1979年1月15日、1997年12月



∽ 総評 ∽

『asesino de Lesseps (レセップの強姦魔) 』と呼ばれ主に老婆を強姦し殺害したイグナシオ。

イグナシオの犯行は歩いている所を尾行し、家を訪ねて驚かせ、強姦するという非情で狡猾なやり口であった。

イグナシオは老婆を好み標的としたが、他に少女や女性なども襲っており、完全に標的にこだわりがあったわけではなかった。

ただ、老婆を好んだのは間違いなく、そのきっかけが祖母の性行為を見た事であった。

普通、他人のしかもそれが身内となればショックで立ち直れなくなりそうなものだが、イグナシオはそれどころかむしろ興奮した。

この時点でイグナシオの異常性がかいまみえる。

イグナシオは1度懲役86年が言い渡されたにもかかわらず、わずか15年で釈放された。

恐らく模範囚だったからだろうが毎度毎度この仮釈放にうんざりする (そもそもスペインは連続30年以上刑務所で過ごす事が法律で禁止されている) 。

案の定、釈放後に強姦殺人を行っており、死刑を廃止した弊害が顕著に出た例といえる。