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ジョン・ゲイシー (アメリカ)
【1942 ~ 1994】



遺体は警察署の死体保管所に置かれたが、室内はガス室と化した。

遺体が空気に触れた事で腐敗が急速に進み、ラード状になった胸腔や膨張した頭蓋骨がガスで裂け、スープ状になった脳味噌が床のあちこちに垂れていた。

ガスで膨張した遺体を死体袋に入れる作業も困難を極め、ビリヤードの玉サイズに膨張した眼球が破裂し、噴出したメタンガスを吸い込んだ係員が病院に搬送される事態になった。

衛生局が調べた所、土中からは生命の危機に関わる物質、メタンガスや硫化水素、インドール等が多量に発見された。


ゲイシーは逮捕されると、精神鑑定が必要とされ、セルマック精神病院に移送される。

そこでゲイシーは

「私の中には4人のジャックがいる。全員の事は詳しくわからない。しかし、家での出来事は全部4番目のジャック・ハンリーが行った。私は後始末をしたに過ぎない」

と話した。

ゲイシーが言うにはジャックに体をコントロールされている間の記憶は全くないと主張した。

1番目のジャックは酒やドラッグで正体をなくすと、少年漁りに繰り出した。

そして、少年を連れ込んでは金で性行為に及び、それを繰り返していると2番目のジャックが現れた。

2番目のジャックは少年たちを出し抜く事に精力を注ぎ、行為が終わると少年を車外に放り出し、そのまま逃げ帰って楽しんでいた。

また、2番目のジャックはゲイシーに「自分は殺人課のベテラン刑事だ」と話していた。

3番目のジャックは心優しい警官であり、2番目のジャックが連れ込んだ少年を何もせず返す事があったという。

4番目のジャックは3番目のジャックから分裂した存在だとゲイシーは話した。

キャロルを家から追い出したのはその4番目のジャックの仕業だと話し、1976年に殺害した少年6人については何も覚えていないと話した。

ゲイシーは犯行の様子を詳細に語った。

ゲイシーは少年に

「この手錠は俺が道化になった時に使うんだ。小さなホダンがあってそれを押すと鍵が外れるのさ」

と言って後ろ手に少年に手錠をした。
「ボタンはどこ?」
と少年が問い掛けると、ゲイシーは

「ホダンなんかないよ」

と告げた。

少年が喚き出すと、ゲイシーは笑い

「終わったら帰してやる」

と口淫を強要し強姦した。

全てが終わると少年が泣きながら
「帰っていいでしょう?」
と哀願するが、ゲイシーは

「嘘をついたんだよ坊や」

と言ってバスタブに顔を沈めたりタバコの火を陰茎に押し当てた。

そして、最後は命乞いする少年の首をじわじわとゆっくりと絞め殺害したと犯行の詳細を語った。


1980年2月6日、ゲイシーの裁判が始まった。

ゲイシーは自身が多重人格症であると主張し、無実を訴えた。

ゲイシーの弁護側も多重人格による心神耗弱を主張した。

しかし、検察側はゲイシーの多重人格は偽りだとして死刑を求刑した。

ゲイシーを診た臨床医は、ゲイシーのIQは上位10%に入る高いものだとし、7種類のテストでもゲイシーには脳障害の徴候も全く見られなかったと報告した。

ただ、ゲイシーは脳障害の徴候はなかったとしても、心理面のテストにおいては数々の問題を示した。

ロールシャッハテストでは期待値の半分以下の答えしか出せず、主題統覚検査では異常とされる答えを出した。

また、ミネソタ他面人格目録では極めて異常であると診断されていた。

だが、
「ゲイシーの異常さは理解出来るが、だからといって33人の犠牲者を出す理由にはならない」
とされ、ゲイシーへは有罪判決が下された。


1980年3月12日、ゲイシーには12回の死刑と21回の終身刑が言い渡された。

しかし、ゲイシーは判決を不服として数百万ドルという莫大な資産を投げうって20回以上の上訴を繰り返し、死刑執行を回避し続けた。

また、ゲイシーは死刑は違憲として上告を繰り返しもした。

この事にアメリカ全土で非難が起き、ゲイシーの死刑を早く執行するデモが各地で起こった。


⑤に続く