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ジョン・ゲイシー (アメリカ)
【1942 ~ 1994】



1970年秋頃からゲイシーは、グレイハウンド・ステーション (ゲイの餌場) やパーティーで知り合った少年を漁り始める。


1972年1月、ゲイシーは少年を拾って行為に及び、就寝した。

そして、起きると少年がナイフを持って立っていた。

驚いたゲイシーは気付くと少年からナイフを奪い刺して殺していた。

殺人を犯した事にパニックとなったゲイシーは、少年の死体を床下に隠した。

少年はゲイシーの為にサンドイッチを作っていただけであった。

これがゲイシーの初めての殺人であったが、これ以降、ゲイシーは強姦殺人が習慣となっていく。


この頃ゲイシーは、軽食堂のコックをしながら貯金に励み、同年、シカゴのノーウッド・パーク近くに家を建てる。

そして、室内装飾や増改築等の建築業の会社を立ち上げ、立てたばかりの家を拠点に建築ビジネスを始める。

ゲイシーは研究熱心で勤勉だった為、ビジネスの才覚と相まって会社を軌道に乗せる事に成功する。

そして、高校時代からの知り合いの女性キャロル・ロフグレンと再婚する。

キャロルは2人の連れ子がいたが、ゲイシーは2人の子供の父親となった。

そんなゲイシーは週末となると、道化師ポゴに扮し、福祉施設等を訪れ地域活動に精力を注いだ。

ポゴは子供から非常に人気であった。

これらの行いでゲイシーは地域で尊敬される存在となり、地元民主党のメンバーになった。

そして、民主党のパーティー会場で当時の大統領ジミー・カーターの妻ロザリンと握手する姿が現在も写真で残っている (この性犯罪者であるゲイシーとファーストレディを会わせてしまった事がシークレットサービスの調査能力の低さが非難された) 。


1974年、この年だけでゲイシーは5人の少年を強姦して殺害する。

ゲイシーの手口は、気に入った少年を見つけると、

「ポルノを観ないか」

と誘い、地下室に連れ込むと、手錠マジックを披露した。

そして、相手にもやらないかと勧め、後ろ手に手錠を掛けると自由を奪い、ナイフで脅して強姦した。

その後、ロープを首に巻き、棒をロープと首の間に挟みゆっくりと回して首を絞めた。

じわじわと首を絞めて苦しむ姿にゲイシーは異様に興奮した。

犠牲者が苦しむとロープを緩めたり、また、強めたりと簡単に殺さず散々にいたぶって殺害した。

最後に死体は家の床下に捨てていた。

ゲイシーは死体の腐敗が速く進むよう死体を床下に遺棄した後、石灰を巻き、時には塩酸をかけた事もあった。

だが、その程度で死体が消滅するわけもなく、腐敗した死体の臭いが家全体を覆い尽くすようになる。

妻キャロルはゲイシーに「何の臭いなの?」と苦情を述べるが、ゲイシーは適当な事を言ってはぐらかした。

ゲイシーはお金をかけて地下にセメントを敷いたが、それでも臭いは消えなかった。

ゲイシーは殺人と共に酒と薬に溺れ、後にマリファナやスコッチ、甲状腺安定剤と利尿剤ラシックスを好んで飲んだ。


そして、1975年、ゲイシーはキャロルを家から追い出す形で離婚すると、加速度的に殺人に拍車が掛かる。

また、抗鬱剤プレリュドンで気分を高揚させ、安定剤ヴァリウムで抑えつけるという危険な飲み方を覚え、精神も破綻していく。


1978年、ロバート・ピーストという15歳の少年がゲイシーの会社の面接に行って行方不明となる。

警察はゲイシーを訪ね事情を聞いた。

すると、ゲイシーはピーストは確かに面接に来たが帰ったと述べた。

だが、警察はゲイシーの家中を覆う異様な臭いが気になった。

そこで警察はゲイシーの家の家宅捜索を行う。

すると、ゲイシーの部屋から『偉大なフェラチオ』や『アナルセックス』というゲイポルノや、ビリヤード台からは使用済みの肛門用バイブが見つかった。

警察はゲイシーをピースト殺害の最重要容疑者とするが、決定的な証拠がない為、逮捕できなかった。

ゲイシーは地元の名士であり、そう簡単にゲイシーを犯人と決めつけて逮捕するわけにはいかなかったのだ。

そこで警察は、ゲイシーを別件の麻薬不法所持の現行犯で逮捕し、強制的に家宅捜索を行う事となった。

すると、ゲイシーの家の床下から29人もの石灰に覆われた死体が発見され、整頓されているように並べられていた。

また、他に4人は床下に埋めるスペースがなくなった為、近くの川に捨てた事が判明する。

ピーストの遺体は川で見つかった。

犠牲者の多くは男娼であったが、残りはゲイシーの会社でアルバイトとして働いていた10代の少年で、最も若い犠牲者は9歳、最も年配なのは元海兵隊の20歳の男性であった。

ゲイシーによる犠牲者は全部で33人に及んだが、その内9人は腐敗が酷く身元がわからなかった。

遺体の回収作業は強烈な臭いと死体から発生していたメタンガスにより苛烈を極めた。

激しい目眩や嘔吐に悩まされる警官が後を絶たず、警官達が着ていた着衣は臭いが取れず焼却処分された。

犯行が行われた6年間で死体は水や湿度により石鹸化し、屍蝋となっているものもあった。


④に続く