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ウィルフォード・ベリー (アメリカ)
【1962 ~ 1999】



1989年11月30日、ウィルフォード・ベリー (1962年9月2日生まれ) は、共犯者のアンソニー・ローザー (♂) と共にパン屋に向かった。

このパン屋はベリーもローザーも働いている職場であり、ローザーはベリーにとって同僚であった。

ベリーは銃を2丁用意し、1丁をローザーに渡した。

パン屋に到着すると、ベリーらの上司であるチャールズ・ミットロフ (66歳♂) が配達から戻って来た。

すると、ローザーがミットロフの胴体めがけて発砲した。

撃たれた衝撃でミットロフは床に倒れ、それを確認するとベリーがミットロフに近づき、至近距離から頭を撃って射殺した。

そして、ベリーとローザーはミットロフの死体を橋の近くに埋め、ミットロフのバンを盗んで逃走した。

その後、ケンタッキー州で盗んだバンを走らせていた所をベリーとローザーは逮捕された。

ベリーは逮捕された時、アルコールを飲んでおり、飲酒運転であった。

逮捕されたベリーはミットロフ殺害を自白した。

肝心の殺害動機だが、ベリーの姉妹をミットロフがバンで轢いた事に対する復讐の為と述べたが、ある時は特別な理由もなくただ殺したと言ったり理由が二転三転した。

その都度説明を変える為、本当の所はわからなかった。

ベリーは収容先の刑務所で、他の受刑者に殺人について自慢した。


裁判でベリーは自白と銃器の使用、強盗と殺人の罪で有罪判決が下され、死刑が言い渡された。

共犯者のローザーは、仮釈放の可能性がある終身刑が言い渡された (ローザーが仮釈放の対象となるのは2036年) 。


1997年、ベリーは判決を不服として一旦控訴する。

しかし、すぐにベリーは州の裁判所に対し、告訴を退け死刑判決を受け入れる旨を述べた。

裁判所によって任命された2人の精神科医は、ベリーを診断すると混合性人格障害と統合失調症、反社会的人格と診断した。

その為、ベリーには再度、裁判をやり直す権利があったが、ベリーはその権利を放棄した。


同年9月5日、ベリーは収容先の刑務所で受刑者達に暴行を受ける。

ベリーが死刑判決を上訴する権利を放棄した為、他の死刑囚にとって処刑を遅らせる行為に悪影響を及ぼすというのが暴行の理由であった。

ベリーは顎と顔の骨を折られ、重傷であった。

ベリーは顔面の修復手術の為に金属インプラントを埋めた。

また、ベリーの頭部は鎖に繋がれた重い南京錠で殴られた為、大きく傷ついていた。

更に、肋骨も数本折れ、内臓か傷ついていた。

ベリーを擁護する支持者たちは、ベリーが死刑を素直に受け入れた事、刑務所で暴行を受けた事などを理由に裁判所に死刑の反対を訴えたが、州及び連邦裁判所は訴えが起こる度に拒絶した。


1999年2月19日、ベリーは致死量の注射による死刑が執行された。

享年36歳。

尚、ベリーはオハイオ州において、1976年にアメリカで死刑が復活して以来、初めて死刑判決を上訴する権利を放棄した死刑囚であり、『The Volunteer (ボランティア) 』と呼ばれた。



《殺人数》
1人


《犯行期間》
1989年11月30日




∽ 総評 ∽

同僚と結託して上司を殺害したベリー。

ベリーは殺害動機について述べる時、その都度曖昧で結局の所よくわからないままであった。

同僚と一緒に上司を殺害している事から、普段働いていた時から純粋に上司に対して恨みを抱いていたのだろう。

ベリーは裁判をやり直す権利があったがそれを放棄し、素直に死刑を受け入れた。

良心の呵責なのかなんなのかわからないが、上訴して下手に死刑が延期なったり変更になったりしなくて良かったと思う。

ベリーは死刑判決を上訴する権利を放棄したが、それが理由で他の死刑囚に暴行を受けた。

暴行を受けた事に対しては同情とかは抱かないが、他の死刑囚が自分達が今後上訴しずらいとか死刑を遅らせる事が出来ないという理由で暴行を加えるというのは身勝手極まりない。

はっきりいって暴行を加えた死刑囚たちも一緒に処刑して欲しいと思う。

ただ、犠牲者や遺族からしてみれば、予定通り死刑が執行されて良かったと思う。