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クリスチャン・バトーイ (ブルンジ)
【1981 ~ 】



2014年9月7日、アフリカ・ブルンジの首都ブジュンブラにあるキリスト教の修道院で凄惨な事件が起こる。

修道女であるイタリア人のルチア・プリチ (75歳) と同じくイタリア人のオルガ・ラスキエッティ (82歳) が殺害される。

プリチもラスキエッティも強姦されており、死因は刺殺であった。

また、1人 (どちらかは不明) は犯人が逃走する際に岩で頭を殴られた痕があった。

修道院の神父マリオ・プルチーニと修道女のベルナデッタ・ボジアンニ (79歳) がプリチとラスキエッティに連絡を取ったがとれず、修道院に向かった。

修道院の扉には鍵が掛かっており、ボジアンニが建物横の通用口が開いてる事に気付き、中に入って2人の死体を発見したのだった。

プルチーニとボジアンニはすぐに政府や軍、司法当局や教会に通報した。

通報を受けて捜査が始まるが、修道院は閉鎖されず、ボジアンニは修道院で一夜を過ごす事になった。


翌日の8日の夜、ボジアンニは修道院で寝ていると物音で目が覚める。

そして、プルチーニに連絡し、
「殺人犯がまだここにいると思います」
と電話で話した。

ボジアンニの声は震えており、プルチーニは急いで修道院に向かったが、すでにボジアンニは殺害されていた。

ボジアンニの死体はプリチとラスキエッティよりも凄惨で、強姦され全身を酷く殴られており、首は切断されていた。

事件後、教皇フランシスコは
「忠実で敬虔な修道女の悲劇的な死である」
と哀悼の意を示した。

プリチら3人は、過去7年間ブルンジで貧しい人や病人の為に働いていた。

また、マリア布教修道女会日本管区によると、3人は聖ザベリオ宣教会が運営する青少年センターに協力し、活動していた。


同年9月10日、警察は3人殺害の容疑者としてクリスチャン・クロード・バトーイを逮捕する。

バトーイは1981年1月13日、ブルンジ・カメンジで生まれた (本人は1988年2月22日生まれだと主張した) 。

バトーイの母親はバトーイを連れ1995年にブルンジからコンゴ、そして、タンザニアに移り住んだ。

そして、2014年に再びブルンジに戻った。

バトーイの父はバトーイと子供の頃に少しだけ過ごした時間を回想し、テレビで事件を起こした事を知り信じられないと語った。

バトーイを知る隣人によると、バトーイは日頃から精神的に不安定であったという。


翌日の11日朝、事件を知った地元の住民が怒りを露にし、修道院周辺に集まった。

バトーイは警察に保護された為、それに対する抗議であった。


現在、バトーイはブジュンブラ刑務所から市内の精神病院へ移され、バトーイの精神状態を確認する為の医療報告を待っている状態であり、裁判は未だ行われていない。



《殺人数》
3人


《犯行期間》
2014年9月7日~同年9月8日




∽ 総評 ∽

修道院の女性3人を立て続けに殺害したとされるバトーイ。

しかも、2人殺害した次の日に再び同じ修道院で1人殺すという大胆ぶりであった。

だが、そもそも犯行現場が事件直後に封鎖されず、そのままになっている事に驚きを隠せない。

バトーイの精神状態は犯行当時ですらすでにまともではなく、現在もまだ良い状態になっていない。

その為、正直、バトーイが100%犯人とは言い難い。

ただ、警察が逮捕に至ったのにはそれなりの理由があるからだろう。

ブルンジという国が一体どのような国なのか全くわからないが、アフリカという事で発展途上なのは間違いないだろう。

本人は未だ精神的に不安定な状態のようなので、今後、真実が明らかになるかもしれない。



* 追伸 *

先日、ドロンさんからリクエスト頂き掲載しました。

色々調べましたが、あまり詳細がわかりませんでした。

申し訳ございません。