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ガンジー・ラウダレス (ホンジュラス)
【1987 ~ 】



2009年12月17日、ドイツのコラムニスト、アーネスト・ワーナー・シュバインフルト (68歳♀) が、ラ・レオナで住んでいたアパートで殺害される。

シュバインフルトは電話のコードで首を絞められており、友人によって発見された。

シュバインフルトの家からはいくつかの貴重品が盗まれていた。


同年12月、アスドルバル・アルバート・セペダ・アビレス (18歳♂) が殺害される。


2010年1月7日、ダフネ・ニノスカ・アビレス (28歳♀) が殺害される。

アビレスは自室でコードで首を絞められ、体は縛られて床に横たわっていた。

警察は短期間に殺害された3人の殺人事件を連続殺人として捜査を進めた。

すると、1人の人物が容疑者と名前が上がる。

それはガンジー・エスピナル・ラウダレスという22歳の男性であった。

実はシュバインフルトとラウダレスは友人同士である事がわかり、シュバインフルトが殺害された日、2人はアルコールを飲んでいた事がわかった。

すると、酔っ払ったラウダレスはシュバインフルトと激しい口論となり、首を絞めて殺害したのだった。

また、アスドルバルはラウダレスの甥という事もわかり、ダフネはラウダレスの恋人であった事も判明した。

ダフネが殺害された日、ダフネはラウダレスと喧嘩となり、カッとなったラウダレスがダフネを殺害した。

実はラウダレスは柔道黒帯の有段者であり、中米の柔道チャンピオンでもあった。

その為、ラウダレスは『The Judoca Estrangulador (柔道家絞殺魔) 』と呼ばれるようになった。


同年1月12日、ラウダレスは逮捕された。

裁判ではラウダレスは幾つもの証拠が提示された。

ラウダレスはマルコ・アウレリオ・ソト国立刑務所に拘留される事となった。


同年5月4日、ラウダレスは闇夜に紛れて刑務所の壁を乗り越えて脱獄する。

ラウダレスはホンジュラスの南に隣接するニカラグアに逃走する。


2012年、ホンジュラス警察がニカラグア当局に協力を仰ぎ、ニカラグア国内でラウダレスを逮捕する。

ホンジュラスに戻されたラウダレスだが、裁判は現在まで続いており、未だ判決言い渡しに至っていない。



《殺人数》
3人


《犯行期間》
2009年12月17日~2010年1月7日



∽ 総評 ∽

『The Judoca Estrangulador』と呼ばれ、柔道の中米チャンピオンながら3人殺害したラウダレス。

ラウダレスが殺害した3人は全員知人や親戚であり、物取りや強姦目的の殺人ではない。

ただ、シュバインフルトとダフネ殺害は口論の末という事だが、甥のアスドルバル殺害の理由は詳細がないのでわからない。

ラウダレスは殺害方法が絞殺であったが、柔道の黒帯だったラウダレスにとって首を絞めるというのは造作もない事だっただろう。

ラウダレスはどのような幼少を過ごしてきたかわからないが、ラウダレスの柔道の実力を考えると、子供の頃からやっていたのは間違いない。

柔道の精神が残念ながらラウダレスの精神を真っ当な方向へ向ける事が出来なかった。

ラウダレスは柔道黒帯の有段者で、中米のチャンピオンになる程の実力の持ち主であった。

柔道一筋で生きていけば、優秀な成績を上げる事も出来たと思うと残念というしかない。