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スチュアート・キャンベル (イギリス)
【1958 ~ 】



スチュアート・ジェームス・キャンベルは、1958年2月21日、イギリス・エセックス州マルドンで生まれた。


キャンベルは15歳の時、最初の妻となるジェニファーと出会う。


その後、1年後にキャンベルはジェニファーと結婚した。

この時、ジェニファーは妊娠6ヶ月であり、1976年に娘ジェニーが生まれた。


だが、結婚して1年も経たないうちにキャンベルは、地元のパブを出た女性の背中にナイフを押しあて、殺すと脅した。

そして、女性の顔をナイフで刺し、地面に叩きつけ、殴る蹴るの暴行を加えた。

その後、女性のハンドバッグを盗んで逃走した。


1977年、逮捕されたキャンベルは刑務所に収監された。

この出来事にジェニファーはうんざりし、キャンベルが出所すると離婚した。


1985年、ジェニファーと離婚後、キャンベルはデビー・ジョーンズという女性と一緒に住むようになる。

実はこのデビーもジェニファーと同じく15歳の時に出会っていた (キャンベルは後にデビーと結婚するのだが、それは出会って13年後の1998年であった) 。


ジェニファーと別れデビーと結婚して数年後、幼い頃から会っていなかった娘ジェニーと再会する。

久し振りに会うジェニーは幼い頃しか知らないキャンベルにしてみれば、思った以上に成長し大人の女性となっていた。

そんなジェニーとキャンベルは連絡を取り合うようになる。


1990年、キャンベルは14歳のジェニーに水着姿や下着姿になってくれるよう頼む。

ジェニーは断るが、写真を撮らせて欲しいと必死に頼んだ。

ジェニーは嫌々ではあったが、キャンベルに従った。

また、キャンベルは外出先や下校途中の女の子に声をかけ、写真を撮らせてもらうよう何人にも頼んだ。


1998年8月、キャンベルはデビーの姪ダニエル・ジョーンズと初めて出会う。

この時、ダニエルは12歳であったが、若い女性のように大人びて見えた。


2001年6月18日朝、ダニエルは学校に行く為にバス停でバスを待っていた。

すると、その姿を最後に行方不明となる。


ダニエルが行方不明となってから5日後の23日、ダニエル誘拐容疑で逮捕されたのはキャンベルであった。

警察はダニエルが行方不明となってからダニエルとキャンベルの電話がキャンベルの家の近くにあり、一緒にいた事が判明した。

キャンベルの家を捜索すると、パソコンの中に女の子を撮影した膨大な写真を見つけた。

写真の中には涙を流している少女もいた。

また、ロフトにあったバッグに女性の下着やストッキングがぎっしりと詰められており、所々付着した血痕を調べると、ダニエルのものだと判明した。

警察はキャンベルを追及するが、キャンベルはついにダニエルの死体について口を開く事はなかった。

実は当初、デビーは犯行を行った時、キャンベルと一緒にいたとアリバイを主張していたが、後にそれは嘘だったとして取り下げていた。


2002年12月19日、キャンベルは誘拐と殺人で有罪判決となり、最低20年は仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡された。



《殺人数》
1人
(他犯罪多数)

《犯行期間》
2001年6月18日




∽ 総評 ∽

妻の姪を誘拐し殺害したとされるキャンベル。

殺害したとされるという表現にしているのは、死体が未だ発見されていない為、確実にキャンベルの犯行とは断定出来ないからだ。

ただ、血痕の件や電話による一緒にいたという数々の証拠が犯人をキャンベルだと如実に示していた。

少女を好む殺人鬼は多いが、キャンベルは少女たちに水着や下着にさせて写真を撮影するという異常な性癖の持ち主であった。

不謹慎な発言かもしれないが、こんな異常な少女偏愛者によって殺されたのが1人というのが奇跡的と云える。

妻のデビーは、自身の姪が殺害されているにもかかわらず、嘘のアリバイを主張し、キャンベルを庇った。

この夫にこの妻ありである。