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アーロン・マッキニー (アメリカ)
【1976 ~ 】



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ラッセル・ヘンダーソン (アメリカ)
【1977 ~ 】



マシュー・ウェイン・シェパード (1976年12月1日生まれ) は、ワイオミング大学に通う学生であった。


1998年10月6日深夜、シェパードはバーでアーロン・ジェームス・マッキニーと、ラッセル・アーサー・ヘンダーソンと知り合う。

マッキニーとヘンダーソンはシェパードに車に乗るよう提案した。

シェパードは車に乗るとマッキニーとヘンダーソンは車を走らせた。

人気のない田舎に到着すると、銃でシェパードを脅して車から降ろさせた。

そして、柵にシェパードを縛ると、財布を奪った。

その後、マッキニーとヘンダーソンは銃や鞭でシェパードを滅多打ちにし、様々な拷問を加えた。

マッキニーとヘンダーソンはシェパードの身分証から住所を掴み、シェパードの実家も襲撃しようと考え (結局は止めた) 、その場を離れた (この時点で日付は7日になっていた) 。

マッキニーとヘンダーソンはシェパードが死んだと思っていたが、2人がその場を離れた時にはまだ生きていた。

そのまま柵に縛られたまま、18時間後に通行人に発見された時にはシェパードはかろうじてまだ生きていたが昏睡状態であった。

すぐに病院に運ばれたが、シェパードは頭の後ろから右耳の前にかけて骨折しており、重度の脳幹損傷となっていた。

また、心拍数と体温が弱っており、頭や顔、首の周りに約10ヶ所もの細かい裂傷が見られた。

傷を診た医師は手術するには相当厳しい状態だと判断した。

シェパードの意識は戻っておらず、集中治療室で治療にあたった。


結局、同年10月12日午前12時53分、プーダーバレー病院でシェパードは死亡した。

享年21歳だった。

警察はすぐに犯人をマッキニーとヘンダーソンと断定し、逮捕した。

警察は2人から血まみれの銃やシェパードの靴や財布を見つけた。

2人は犯行後、それぞれのガールフレンドに一緒にいたという偽のアリバイを作るよう頼んでいた事がわかった。

2人は最初、殺人未遂、誘拐、強盗の罪で起訴されたが、後に第一級謀殺に変更された。


同年11月、マッキニーは審問で、強盗目的で標的をシェパードに絞り、車に誘惑する為に同性愛者の振りをしたと語った。

マッキニーはシェパードの膝に手を差し伸べたが、何故、シェパードがゲイだとわかったかと問われると、

「雰囲気でそう感じた」

とマッキニーは答えた。


1999年4月5日、ヘンダーソンは死刑を回避する為にマッキニーに対し不利な証言をする事に同意した。

その為、ヘンダーソンは仮釈放の可能性がある終身刑が言い渡された。


同年10月、裁判で検察はマッキニーとヘンダーソンの犯行は性的指向ではなく、貪欲と暴力によるものだと述べた。

マッキニーの弁護士は、マッキニーとヘンダーソンが強盗はしたが、殺すつもりではなかったと述べた。

また、シェパードが一時的にパニックに陥った事で、2人が焦って殺害に至ってしまったと述べた。

陪審は計画された殺人という事でマッキニーに対して死刑の審議を始めた。


マッキニーは死刑濃厚となっていたが、シェパードの両親の仲介により、同年11月3日、仮釈放の可能性がない2つの終身刑が言い渡された。

マッキニーとヘンダーソンはワイオミング州刑務所が、受刑者の収容過密だった為、別の刑務所に移送された。


実は裁判の間、シェパードがゲイであり、そんなシェパードが狙われた事で、州や連邦レベルでのヘイトクライム (憎悪犯罪) に関する法律問題に発展し、全米だけではなく国際的に注目を集めた。

ウエストボロ・バプティスト教会の牧師ブレッド・フェルプスが、事件を擁護する発言をし、非難を浴びた。


1999年にビル・クリントン大統領が法案を提出したが、議会の同意は得られず、法案は可決しなかった。


2007年3月20日、ヘイトクライムを禁じる『マシュー・シェパード法』が連邦議会を通過した。

だが、ジョージ・W・ブッシュ大統領が拒否権を行使する意思を大々的に表明した。


2009年10月28日、結局、バラク・オバマ大統領が就任した後に、法案に署名し成立に至った。



《殺人数》
1人


《犯行期間》
1998年10月7日




∽ 総評 ∽

ゲイと偽り誘惑し、騙して拷問の末殺害したマッキニーとヘンダーソン。

2人がどのように知り合い、どういう経緯で犯行に及んだのか詳細がなくいまいちよくわからない。

また、2人の犯行までの生活の様子がわからず、何故、これほどの異常性を帯びたのかもわからない。

2人の犯行は金品目的の強盗ではあるが、執拗にいたぶって殺害しているので、殺しに快感を得ているのは間違いないだろう。

今まで紹介してきた異常コンビの場合、大抵が刑務所で知り合って意気投合というパターンが多かったが、犯行当時の2人の年齢を考えるとそうではないと思われる。

以前にも何組も紹介したが、コンビや複数で犯行に及ぶ場合、いざ裁判となるとお互い罪を擦り付け合い無様で惨めな醜態を晒す事がほとんどである。

しかし、このマッキニーとヘンダーソンはヘンダーソンが司法取引によりマッキニーに対して不利な証言を行ったが、裁判中は基本的に両者共互いに罪を擦り付ける事はなかった。

これはかなり珍しいと言える。

私は厳罰主義で、犠牲者や遺族の事を考え常に極刑を望む人間だが、今回は犠牲者の遺族が死刑になりそうだったマッキニーに対して仲介に入った為、終身刑となった (仲介の詳細がないのでわからないが、恐らくシェパードの両親が死刑を求めなかったと思われる) 。

遺族が一生刑務所で反省して欲しいと思ってそうしたのか、そもそも死刑に反対していてそうしたのかわからないが、私にはとても考えられず、寛大で素晴らしい人間性だと思う。

この両親に感謝し、一生かけて罪を悔いて欲しいものだ。