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ソール・クルーグマン (アメリカ)
【1911 ~ 1995】



ソール・クルーグマンは、1911年4月7日、アメリカ・ニューヨーク州ブロンクスで生まれた。

クルーグマンはロシアのユダヤ系移民の子供であった。


1929年、クルーグマンはオハイオ州立大学で学士号を学び、勉学を終えた後、1934年、リッチモンド大学を卒業した。

その後、クルーグマンはバージニア医科大学を出ると医学研究を始める。

しかし、時代は『第二次世界大戦』に突入してしまい、クルーグマンは外科医として従軍し、その後、ニューヨーク大学で研究を追求するようになる。

クルーグマンは研究の結果、A型肝炎とB型肝炎の識別に初めて成功した。

そして、クルーグマンはニューヨーク大学の肝炎患者からの血液サンプルを調べている間、B型肝炎を含む加熱血液がワクチンとして使用された場合、ウイルスを死滅させるという事を発見する。

だが、1950年代の段階で、肝炎の病原体であるウイルスの人工培養はまだ不可能であり、治療研究には人体を用いるしか方法がなかった。


そこで、1956年からニューヨーク州スタッテン島にある知的障害施設ウィローブルック州立学校で、ニューヨーク大学のクルーグマン率いる研究チームが、障害児たちに意図的に肝炎ウイルスを感染させるという実験を始める。

実験は表面上は肝炎治療を目的としていたが、アメリカ軍人を致命的な病気から守る為というのが本来の目的であった。

この知的障害施設では、大半の入所者がIQ20以下という重度の知的障害者ばかりで、その為1人では排便すらまともに行う事も出来ず、施設内の衛生状態はかなり劣悪であった。

だが、そんな状況は便を介して経口感染する肝炎の研究にとってこれ以上ない格好の環境であった。

そんな中、クルーグマンは施設内にある隔離病棟に入所して来た3歳から11歳までの障害児を2つのグループに分け、片方には肝炎発症予防薬であるガンマグロブリンを投与し、もう片方には投与しない状態で両グループに肝炎発症患者の便から採取したウイルスを感染させ、その経過を調べた。

その方法はA型肝炎を患っている子供たちから糞便を採取し、ミルクシェイクに混ぜ入れて与えるという非人道的なものだった。

実験当初は対象は入居者の一部であったが、次第に施設が収容過多となっていくと、1964年からは実験に同意する事が入所の条件にされた。

普通ならこんな得体の知れない実験に我が子を差し出す事など考えられないが、重度の障害で面倒を見切れない親にとって施設に預ける以外の選択肢はなく、入所者は増える一方であった。

しかし、そんな非人道的な実験の結果、ガンマグロブリンが肝炎予防に効果的であるという事を証明し、クルーグマンの研究は成功を修めた。

だが、そんな成功とは裏腹に、被験者の大半約800人が肝炎を患って死亡してしまう。

実は当初、クルーグマンは施設の衛生状態を改善するという目的もあったのだが、それよりも研究を優先してしまった為、これほどの犠牲者を生み出す事となったのだった。


1972年、元施設の関係者によって実験の全貌が告発され、ニューヨークのテレビ局「WABC-TV」の調査員がウィローブルック島の調査を行った。

そして、調査により施設の実情が明るみになると、世間から多くの非難を浴び、研究は中止となった。

また、後に職員による身体的及び性的虐待が行われていた事も判明した。

実験に参加し、中途で止めた元スタッフの多くは家族に負担をかけない為、仕事の内容を言わず嘘をついて安心させていた。

施設が完全に閉鎖された後、施設にいた子供たちは肝炎ウイルスに感染しているとされ (実際に感染している者もいたが、大半が感染していなかった) 、他の施設への転入を拒否され、多くの子供たちが死んでしまった。


同年、クルーグマンはアメリカ小児科学会会長に就任した。


1983年、クルーグマンはアメリカ医学会において最高の賞とされる「ラスカー賞」を受賞する。


1995年10月26日、フロリダ州フォートローダーデールで死去。

享年84歳であった。


このクルーグマンらによって行われた実験は、
「これまでアメリカの子供たちに実行された最も非論理的な医学実験」
とされている。



《犠牲者》
800人以上


《実験期間》
1956年~1972年




∽ 総評 ∽

800人もの人命を犠牲にして行われたウィローブルック島の肝炎研究実験。

相手が重度の知的障害者という事をいい事に好き勝手行い、肝炎研究の為に次から次へと犠牲になっていった。

以前、掲載したアンドレ・ランドは実験が行われていた時にこの施設で働いていたが、施設で行われていた凄惨な実験を間違いなく目の当たりにしており、その影響を受けたのはまず間違いない。

後に判明した収容者に対する虐待もランドは関与していた可能性が高い。

クルーグマンも虐待を行っていたかどうかはわからないが、恐らく行っていなかったと思われる (ただ、行われた研究は虐待以上に酷いものではあるが) 。

このような非人道的な実験は、医学の発展に貢献するのは残念ながら間違いなく、後に病気で苦しむ患者が何人も救われたのもまた事実だ。

もちろんだからと言って決して許されるわけではないが、後世の為になっていると考えればただの虐殺よりもまだましかもしれない。

ただ、これほど非人道実験を指揮したクルーグマンだったが、肝炎の研究としては第一人者であり、実験が明るみになった後も名声が衰える事はなかった。

実験を行った当の本人がその後、真っ当な人生を送っている事に不満が残るが、これまで紹介してきた他の科学者のほとんども不遇な余生を送っていない。

私たち後世の人達からしてみれば実験による成果はありがたい事だが、何とも言えない複雑な気持ちになる。