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サンタ・ローザのヒッチハイカー殺人事件 (アメリカ)
【1972 ~ 1973】



1972年2月4日午後9時、アメリカ・カリフォルニア州ソノマ郡サンタローザで、モーリーン・スターリング (12歳♀) とイヴォンヌ・リサ・ウェーバー (12歳♀) が行方不明となる。

スターリングとウェーバーはハーバート・スレーター中学校の同級生であり、友人同士であった。

スターリングとウェーバーは学校を出た後、サンタローザのガーンヴィル・ロードでヒッチハイクしている姿を最後に確認されていた。

スターリングとウェーバーの死体が発見されたのは、同年12月28日であり、最後に確認された場所から2.2マイル (約3.5km) 北の場所であった。

スレーターとウェーバーの死体は全裸であり、強姦されていた。

現場からはオレンジ色のビーズに金色のネックレス、片方のイヤリングが見つかったが、検死を行っても死因は特定出来なかった。


同年3月4日、サンタローザにある美術学校に通うキム・ウェンディ・アレン (19歳♀) が、バイト先の『Larkspur Natural Foods』からカリフォルニア州サンラフェルに向かう為、ヒッチハイクしている姿を最後に行方不明となる。

キムは翌日、サンタローザのエンタープライスロード近くの堤防で死体で発見された。

キムは足首と手首を縛られ、強姦されていた。

検死を行うと死因は絞殺だとわかったが、推定30分間コードでゆっくりと絞め殺された事が判明した。

また、キムの死体からは精液が見つかり、イヤリングが1つ無くなっていた。

このキム殺害では2人の男性が容疑者として浮上するが、結局、容疑者から外された。


同年11月11日、ローレンス・クック中学校に通うロリ・リー・クルサ (13歳♀) が行方不明となる。

クルサは同年11月20日に姿を確認されており、その時ヒッチハイクしていた。

結局、クルサが見つかったのは同年12月14日、サンタローザの北東にある渓谷で死体で見つかった。

クルサは脊髄を圧迫された事による出血により死亡した事がわかり、強姦されていた。

また、検死の結果、発見前の1~2週間前に死亡したとみられた。

目撃者によると、12月3日から9日の間の夕方に、ヒッチハイクしており、車に乗ったのを見ていた。

その車には男性が2人乗っており、クルサを乗せた後、北上したという。


1973年2月6日、キャロライン・ネイディーン・デイビス (14歳♀) が、カリフォルニア州シャスタ郡で行方不明となる。

デイビスはガーバーヴィルでヒッチハイクしている姿を最後に確認された。

デイビスの死体は同年7月31日に発見された。

デイビスは強姦されたかどうかは検死を行ってもわからなかった。


同年12月22日、テレサ・ダイアン・スミス・ウォルシュ (23歳♀) が、ガーバーヴィルでヒッチハイクしている姿を最後に行方不明となる。

ウォルシュは6日後の28日に死体が発見された。

ウォルシュは強姦されており、死因は絞殺で検死の結果、行方不明となってすぐに殺害された事がわかった。

一連の殺人を警察は同一犯によるものだと断定し、『The Santa Rosa hitchhiker murders』と呼んで捜査を進めたが、決定的な証拠を掴む事が出来ず、犯人を捕まえる事が出来なかった。

また、同じ犯人による犠牲者と思われる事件も他にあった。

1971年3月16日午後7時頃、リサ・スミス (17歳♀) がサンタローザのハーン・アベニューでヒッチハイクしている姿を最後に行方不明となり、現在まで見つかっていない。

1972年4月25日、サンタローザにある大学に通う学生ジャネット・カマヘル (20歳♀) が、ハイウェイ101でヒッチハイクしている姿を最後に行方不明となる。

カマヘルの死体も見つかる事はなかった。

また、1975年、連邦捜査局は、1972年から1974年までに発生した8件の未解決殺人事件が、同じ犯人によるものだと発表した。

犠牲者は以下の通りである。

1973年5月29日、カリフォルニア州サンフランシスコのアルゲロ通りで、ローザ・バスケス (20歳♀) の死体が発見される。

バスケスは3日前の26日に最後の姿を確認され、死体はバラバラにされ周囲にばら蒔かれていた。

同年6月10日、イヴォンヌ・キランタン (15歳♀) がベイビュー地区で死体で発見される。

キランタンの死因は絞殺で、殺害された時、妊娠7ヶ月であった。

同年7月2日、アンジェラ・トーマス (16歳♀) が、学校の遊び場で死体で発見された。

同年7月12日、放射線技師のナンシー・パトリシア・ギドリー (24歳♀) が行方不明となる。

ギドリーの死体は3日後に発見され、死因は絞殺であった。

同年7月22日、カリフォルニア州レディングで、ナンシー・フスイ (22歳♀) の死体が発見される。

フスイは数日前に行方不明となっていた (余談だがフスイの5人の子供の1人、アンジェラ・ダーレン・フスイ・マカナルティは2011年に自身の15歳の子供を凄惨な虐待の末殺害している。※後日掲載) 。

同年11月4日、ローラ・オデル (21歳♀) が行方不明となり、3日後に死体で発見された。

オデルは両手を背中の後ろで縛られており、死因は頭部への打撃と窒息であった。

1974年2月1日、カリフォルニア州メリーズヴィルで、ブレンダ・カイ・マーチャント (19歳♀) が死体で発見される。

同年9月29日、モントレー近郊のサリナス川で、ドナ・ブラウン (14歳♀) の死体が発見される。

ブラウンの死因は絞殺であった。

事件は現在に至るまで解決していないが、容疑者と思われる人物は複数浮かんだ。

1人は同じく未解決事件の『ゾディアック』であった。

『ゾディアック』は自身が書いた手紙の中で「37人殺害した」と記しており、実際の殺害数5人との開きから『ゾディアック』の犯行ではないかとされた。

他にはアーサー・リー・アレン (♂) と言われているが、アレンはそもそも『ゾディアック』ではないかとも言われていた。

また、フレデリック・マナリ (41歳♂) というインストラクターが容疑者と言われた事もあった。

その理由は殺害された美術学校の学生キムが描いた作品をマナリが持っていたからだった。

その為、マナリが一連の殺人事件の犯人ではと言われたが、肝心のマナリが1976年8月24日に事故で死亡してしまった。

更に、テッド・バンディや『ヒルサイド・ストラングラー』ことケネス・ビアンキ&アンジェロ・ブオーノも容疑者として名前が挙がった事もあった。



《殺人数》
6人
(14人の可能性大)

《犯行期間》
1971年2月4日~1973年12月22日




∽ 総評 ∽

ヒッチハイクしている女性を次々と殺害した謎の殺人鬼。

ヒッチハイクしている女性は、殺人鬼からしてみれば相手からやってくる獲物のようなものであり、売春婦同様最も標的になり易い。

また、ヒッチハイクしている姿というのは目撃者も少なく、周囲に人がいない事も多く、簡単に連れ去る事が出来る殺人鬼にとってこれ以上効率の良い事はないだろう。

アメリカではヒッチハイクによる事件が他国に比べてずば抜けて多く、その為、州によってヒッチハイクが禁止されている程だ。

そもそも、日本人からしてみればヒッチハイクするという感覚が理解出来ない。

アメリカは日本と違い土地が広く、ヒッチハイクでもしないと目的地に近づけないからかもしれないが、日本人の感覚としては見ず知らずの人の車に乗るという事に抵抗があり、ヒッチハイクするくらいなら自力で目的地に行こうとするだろう。

真犯人だが、『ゾディアック』はそもそも『ゾディアック』自身が未解決事件であるし、アレンもそもそも『ゾディアック』ではないかと言われており、違うような気がする。

テッド・バンディやケネス・ビアンキ&アンジェロ・ブオーノも、有名な殺人鬼という事で名前を挙げられているだけのように思える。

個人的にはマナリがかなり怪しいが、犠牲者の1人の絵を持っていたという程度ではさすがに犯人とは決めつけられない。

ただ、本人はすでに死んでしまっている為、真相は籔の中である。