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ロナルド・カストリー (イギリス)
【1953 ~ 】



1991年2月、キスコに対する再調査が行われた。

すると、その調査はキスコが無実である事を如実に示していた。

まず、キスコは子供の頃より男性性腺機能低下症という疾患にかかっており、これは二次性徴がきても精子が形成されないというもので、その為、モルシードを強姦して精液を残すという事はそもそもキスコに出来るはずもなかった。

また、事件当日、キスコは叔父叔母と一緒にいた事がわかり、事件発生時刻にはとある店にいた事が判明した。

しかも、叔父と叔母は当時、裁判に何故か呼ばれず、キスコの無実を主張する事が出来なかった。

更に、4人の女の子達の証言 (キスコが女の子たちに下半身を露出し、1人にストーカーしたという証言) は、キスコの逮捕と有罪判決に繋がった重要な証言であったが、これは女の子達が面白半分についた嘘である事も判明した。

女の子の1人バークは、その嘘がまさかこれ程重大な事になるとは思っていなかったと述べた。


同年8月、新たな数々の証拠が控訴裁判所に提出された。


同年12月20日、キスコはアッシュウォースからプレストウィッチ病院へ移送された。


1992年2月17日、3人の裁判官による話し合いが設けられ、
「彼 (キスコ) は精子を作り出す事が出来ない。その彼が殺害された少女のスカートに射精する事は不可能だ。従って彼は殺人犯ではない」
と発言し、キスコを即時釈放するよう述べた。

また、このキスコ誤認逮捕を
「史上稀にみる最悪の冤罪」
と発言した。


同年5月、キスコは無実が証明され、ついに釈放された。

裁判官が即時釈放されるべきと言っていたのに3ヶ月を要したのは、キスコの健康面が考慮された為だった。

キスコ釈放後、モルシードの家族は過去にキスコを公然と批難し、有罪判決後に言った数々の発言について公式に謝罪した。

しかし、裁判や警察に嘘をついた4人の女の子や検察や警察からは何の謝罪も行われなかった。

家に戻ったキスコだったが、16年に及ぶ刑務所での生活により肉体的にも精神的にもすでに回復出来ない程ボロボロの状態であった。

家に籠り外に出ようとせず、ほとんど何にも関心を示さなかった。

たまに車で外に出たが、好奇の目にさらされ、謝罪や励まし等ですら恐怖に感じるようになっていた。


1993年10月、キスコは狭心症を患う。


同年12月23日、キスコは心臓発作を発症し、マンチェスターの病院で静かに息を引き取った。

享年41歳。

冤罪により釈放されてからわずか1年半後の出来事であった。


年が明けた1994年1月5日、キスコが亡くなってから2週間後、キスコの葬式が行われた。

葬式にはモルシードの妹 (この時20代後半) が参列した。


同年5月3日、キスコの葬式からわずか4ヶ月後、キスコの母親が後を追うように死去した。

キスコの母はこの時70歳であった。

キスコの母はキスコと同じ墓に埋葬された。

キスコは釈放後、刑務所で過ごした時間に対して50万ポンド (約1億3000万円) 支払われる予定であったが、キスコが受け取る前に死亡してしまい、母親もすぐに亡くなった為、結局、誰も受け取る事はなかった。


2003年2月、この頃にはより精密なDNA検査を行う事が出来るようになっていた。


そして、2006年11月5日、モルシード殺害容疑でロナルド・カストリー (1953年10月18日、イギリス・ランカシャー郡リトルボロ生まれ ) という53歳のタクシードライバーが逮捕された。

カストリーはモルシード殺害当時、21歳であり、犯行から実に31年を要した。


同年11月7日、カストリーは起訴されたが、2007年4月19日、裁判所の聴聞会でカストリーは無実を訴えた。


同年4月23日、裁判所はカストリーの保釈を拒否する。


同年10月22日、ブラッドフォードクラウン裁判所で、カストリーの裁判が始まった。


同年11月12日、カストリーには有罪判決が下され、最低30年は仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡された (カストリーの年齢を考えれば刑務所で死ぬのはほぼ確定している) 。

カストリーだが、モルシードを殺害するわずか2週間前に妻が息子を産んだばかりであった。

その後、モルシードを殺しておきながら更に1人子供が生まれ、1997年に離婚していた。

カストリーは隣人からは好かれておらず、離婚した元妻は
「彼は口が汚くよく私を殴った」
と後に発言している。

余談だが、この最悪の冤罪事件は、1998年にテレビ映画化された。

また、2008年9月29日、事件に関するドキュメンタリー番組が放送されている。



∽ 総評 ∽

「史上稀にみる最悪の冤罪」と言われるまでもなく、完全に無実の人間を16年もの間、刑務所に収監させた最悪の冤罪事件。

しかも、嘘や決めつけ等で無理やりキスコを犯人に仕立て上げた。

そして、事件の内容から他の受刑者に目の敵にされ、何度もボコボコにされるという惨劇をキスコは受けた (子供を標的とする犯罪は中でも鬼畜と言われ忌み嫌われている) 。

冤罪事件は日本もそうだが世界各国どこでも起こっており、珍しいという事はない。

ただ、このキスコに対する冤罪はその中でもあまりに酷い。

『和歌山毒物カレー事件』の林真須美のように、状況証拠や過去の保険金殺人等というのがあれば、確たる証拠もないのに犯人にされるというのはまだわからないでもないが、キスコは犯歴もなく日頃の行いも何も悪い所がなかった。

キスコは犯罪とは全く無縁の真面目で普通の生活を送っていた一般人であったが、そんな人間が突然、無実の罪で刑務所に入れられ、閉鎖的な空間で凶悪な犯罪者たちと生活をさせられる。

その状況は想像するだけでおぞまくし、 悲惨としか言いようがない。

しかも、キスコの場合、そんな凶悪な犯罪者たちから目の敵にされ、暴行を受ける。

キスコは毎日生きた心地がしなかったのは当然だが、その心痛は察するにあまりある。

毎日が地獄のような環境の中で生活し、終身刑の為一生外には出れないという絶望の中で生き、よく自殺しなかったと思える。

女の子1人は面白がって嘘をつき、それがこれほど重大な事になるとは思っていなかったと述べたが、おそらくそう思ったのは事実だろう。

しかし、1度ついた嘘が引くに引けず、結局、再調査が行われるまで嘘をつき通した事になった。

「嘘は雪だるまのようなものだ。転がせば転がす程大きくなる」
というのは16世紀ドイツのキリスト教宗教改革者マルティン・ルターの言葉だが、まさにその通りでそんな思春期の少女たちのちょっとした嘘が1人の尊い人生を狂わせたのである。

正直、少女たちにも何らかの罰を与えるべきだ。

冤罪事件というのは本人はもちろんだがその家族も被害に遭う。

キスコの母親も「少女を強姦して殺した鬼畜の母親」と世間から散々な目にあったのは想像に難くない。

そんな中、母親は息子の無実を訴え続け、長い間の疲労と心労が祟ってか70歳でこの世を去った。

唯一の救いは、キスコが罪のまま刑務所で死なず、冤罪と証明されて釈放された事くらいだろう。

冤罪事件を恐れて犯罪者が裁かれないのは勘弁して欲しいが、このような冤罪事件は2度と起こらないで欲しいと願う。


※2日間渡り衝撃的な冤罪事件を掲載致しました。
本来はブログ開始1000日を記念して著名なシリアルキラーを掲載しようかとも思ったのですが、今回はこの事件を掲載しました。
2日間、お付き合い頂き誠にありがとうございました。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★★★
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 1人

《犯行期間:1975年10月5日》