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フランシス・オルメ (フランス)
【1959 ~ 】



フランシス・オルメは、1959年2月25日、フランス・モゼル県メスで生まれた。

その後、一家はムルト=エ=モゼル県ブリエに移動し、オルメはそこで育った。

オルメの父マルセルは電気技師として働いていたが、給料のほとんどをアルコールに消費した。

そして、酔っては妻やオルメに暴力を振るい虐待した。

オルメは妹クリスティーヌと仲が良かった。

オルメは子供の頃から『クラインフェルター症候群 (男性の性染色体にX染色体が1つ以上多いことで生じる症候群。第一次性徴までは一般の男児とそれほど変わらない体形だが、第二次性徴から胴体の成長は止まり、首・手・足などが著しく成長する為、華奢で手足の長い細身の体形になる人が多い。また、乳房が発達する事もある。声変わりしなく、筋肉が付きにくい為、運動能力が低く、体毛が薄いというのが一般的な症状) 』に苦しんだ。

オルメはその影響で髪が少なく、生殖器も小さく、平均IQも低くその事に苦しんだ。

父マルセルはそんな女性的な容姿に育っていくオルメを嫌い、世間にその姿をなるべく晒さないようにとオルメを地下室に閉じ込めた。

そして、そんなオルメをマルセルは言葉で罵り、暴行を加えた。

その後、オルメ自身もアルコールに溺れ、それが原因で精神的に問題が起こった。

その為、オルメは兵役を免除された。


1984年10月16日、母親が癌で死亡してしまう。

この事に非常にショックを受けたオルメは、何度か自殺を試みている。


同年11月5日、オルメは共犯者のジョセフ・モーリンズ (♂) とモントヴィルで、見習いパティシエのリヨネール・ジネスト (17歳♀) を殺害した。

死体は翌日に発見されるが、これがオルメによる最初の殺人であった。


オルメは父親に新しいガールフレンドが出来、また、妹が結婚した事で家族の中で孤立してしまい、更に、アルコール依存症によって職も失ってしまう。

その為、オルメは祖母とモンティニー=レ=メスで生活するようになる。

オルメはフランス中を徒歩で旅するようになり、時折、石工や金属労働者としてお金を得、それでアルコールを買った。

また、アルコールと精神安定剤を混ぜて飲み、意識が朦朧とする事もあった。

そして、オルメは各地で殺人を行う。


同年12月29日、オジーでオルメは共犯者のフィリップ・オリヴォン (♂) とヒッチハイカーのアニック・モーリス (26歳♀) を殺害する。

モーリスの死体は1987年4月27日に発見された。


1988年6月22日、シャルルヴィル=メジエールで、オルメはジョーゼット・マヌッス (86歳♀) とギレーヌ・ポンサール (61歳♀) を殺害する。

2人の死体はその日に見つかった。


1989年4月5日、グリモーでオルメはヨリス・ヴィベル (9歳♀) を殺害する。

ヴィベルの死体は同年4月22日に発見された。

この殺人もオルメには共犯者がいたとされるが誰だかわかっていない。


同年5月14日、ル・ルレック=ケリュオンでオルメはアリーン・ペレス (49歳♀) を殺害する。

死体は殺害した日に見つかった。


同年7月18日、ヴィレ=アルランでオルメはシルヴィ・ロッシ (30歳♀) を殺害する。

ロッシの死体は翌日の19日に見つかった。


1991年5月7日、オルメはメッスでローレンス・ギヨーム (14歳♀) を殺害する。

ギヨームの死体は翌日に見つかったが、この殺人は他にミシェル・ギヨーム (♂) という共犯者がいた。


1992年1月5日、ブローニュ=シュル=メールでオルメはジェーン・レミー (65歳♀) を殺害する。

レミーの死体は殺害された日に見つかった。


同年1月7日、オルメは逮捕された。

逮捕されたオルメはこれまでの殺人を認め、その詳細を話した。

オルメによる確実な殺人は9件だが、他にも余罪があるとみられた。

ローレン・ビューロー殺人もオルメによるものとされ、起訴されたが無罪となっている。

また、1989年にラ・モット=デュ=ケールでセリーンという若い女性が強姦されたが、この犯人もオルメだとされた。

更に1986年9月29日、モンティニー・メスの鉄道沿いで死体で発見されたシリル・ベイニング (♀) とアレクサンドル・ベッキリッヒ (♂) という子供2人の殺害もオルメによる可能性が高いとされた (このベイニングとベッキリッヒ殺害についてはパトリック・ディルスという男性が誤認逮捕されたが、2002年に無罪となって釈放されている) 。


1997年5月、裁判でオルメには最低22年は仮釈放の可能性がない終身刑が言い渡された。


2004年12月16日、オルメは3件の殺人で有罪判決が下され、更に30年の刑が宣告された。


最後にジネスト殺害について話したオルメの言葉で終わりたいと思います。

「彼女は黒いタイツを履いていた。だから売春婦に見えた」



《殺人数》
9人
(他にも殺害の可能性あり)

《犯行期間》
1984年11月5日~1992年1月5日




∽ 総評 ∽

『Criminal Backpacker (バックパッカー犯罪者) 』と呼ばれ、最低9人は殺害したオルメ。

オルメは病気により普通の成長はせず、女性的で異質な風貌となってしまった。

この事がオルメにとって非常に強いコンプレックスとなってしまい、父親からの虐待も重なり精神が完全に破綻してしまった。

体のコンプレックスで苦しんだ殺人鬼といえば、かの有名なアンドレイ・チカチーロもそうだったが、コンプレックスにより精神が歪む事は多い。

ただ、オルメの身体的コンプレックスは、通常のコンプレックスとは違い、病気でなったものでしかも明らかに異質な風貌になるというものだった。

オルメは何件かの殺人について共犯者の存在が浮き彫りになっているが、どういった関係でどのようになったのかよくわかっていない。

1人の共犯者と犯行を繰り返すならわかるが、オルメは何人もいたので、もしかしたらフランスに犯罪組織が存在し、オルメはその一員として犯行を行っていたのかもしれない。