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マグダレン洗濯所 (アイルランド)
【1922 ~ 1996】



18世紀、プロテスタントの教会施設として、『The Magdalene Laundries (マグダレン洗濯所) 』は創設された (「Magdalene」とは罪深き女という意味) 。


19世紀初頭にはカトリック教会によっても設立、運営されるようになる。


1922年、アイルランドが「アイルランド自由国」として独立すると、施設は国家の管理下に置かれる事となった。

施設はアイルランド国内で10ヶ所にも及んだ。

この『マグダレン洗濯所』は、表向きは修道院として女性を収容したが、内情は修道院とはかけ離れたものだった。

当時、婚姻とは関係なく子供を身籠った女性を「堕落した罪深き女」として強制的に施設に収容して閉じ込めた。

ただ、施設に収容されたのは身籠った女性だけではなく、堕落する可能性がある女の子 (そうなると勝手に判断された) 、身寄りのない女の子もそうであった。

そして、過酷な環境の中、軍隊や施設等から集められた洗濯物を処理する作業を無報酬で強要された。

洗濯には罪を洗い流すという意味が込められ、施設はそう呼ばれるようになった。

また、産んだ子供は永久的にその権利を放棄する旨を宣誓書に問答無用でサインさせられた。

子供を親から引き離す理由は、教会の金儲けが目的で、生まれた子供を養子縁組と称し、アメリカへ里子として売り飛ばしていた。

この過酷な労働の中、次々と女性は死に絶え、施設の敷地内に埋められていった。

施設を出る事も許されたが、出る際は自分の子供とその身の上に起こった出来事、施設の事を一切忘れ、決して口外しないよう口止めされた。


1970年代、養子縁組は廃止されたが、その実態については明かされる事はなかった。


しかし、時代の流れと共に施設は徐々に閉鎖され、1993年に人手に渡った施設の敷地内から大勢の遺体が発見された事で、ついに実態が公となる。

実態が公になるとアイルランド全土が震撼し、国が関与していた事に国民は驚きを隠せなかった。


1996年、10ヶ所あった施設の最後の1ヶ所が閉鎖され、『マグダレン洗濯所』は完全に消滅した。


2013年2月5日、国家による調査報告書が公表されたが、その調査はマーティン・マカリース上院議員が指揮を執った (マカリースは報告書完成後、公表される前の2月1日に辞職している) 。

そして、当時の首相にして現在も任期中のエンダ・ケニー首相が、非人道的行為に国家が関与していた事を正式に謝罪した。

また、かつて『マグダレン洗濯所』で働かされた経験を持つ人々が集まり、真相の究明と正当な補償を求めた訴えを起こしている。



∽ 総評 ∽

国家が関与し、多くの女性が人権など度外視され働かされた『マグダレン洗濯所』。

結婚せずに身籠った女性を堕落した女と決めつけ、また、堕落しそうな女の子すらも標的とする身勝手極まりない発想で、それが国家が関与しているというにわかに信じ難い話である。

しかも、生まれた子供を海外に売り飛ばして利益を得、人身売買を国家が容赦なく行うというまさに鬼畜の所業である。

洗濯するだけなのでそれほどきつくないと思う人もいるかもしれないが、自由もなく無報酬であり、閉鎖された空間で一日中終わる事のない洗濯をさせられるというのは過酷であり苦痛でしかない。

施設の中では過酷な労働に耐え兼ね、多くの女性が亡くなっていった。

死体を敷地内に無造作に埋めて捨て、また新たな女性を調達した。

正式な犠牲者の数は不明だが、少なくとも数百から数千人は亡くなっているだろう。

施設を出る事は許され、実際多くの女性が外に出ているが、施設の事を口外しないよう強要され、全ての女性がそのしつけを忠実に守った。

おそらく口外など考えられない程、女性たちに恐怖心が根付いていたのだろう。

確かに膨大な洗濯物を何十年も洗い続けていけば、洗濯場としてその施設の重要性が増し、当たり前のようになければならない存在となってしまう (この施設で洗っていた膨大な洗濯物を別のどこかで洗わなければいけなくなる) 。

その為、人道的にどうかと思われても閉鎖されずに存続していく事になるのだろう。

ただ、施設が完全に閉鎖されたのが1996年という近年の話であり、こんな事が最近まで行われていたと考えると、非常に恐ろしい。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★★☆
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★★★★★☆
・犠牲者 多数

《期間:1922年~1996年》