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アブドラ・シャー (アフガニスタン)
【1965 ~ 2004】



アブドラ・シャーは、1945年2月22日、アフガニスタンで生まれた。


1973年、アフガニスタンで起こった共産主義崩壊により、アフガニスタン共和国となる。

その後、勃発した『アフガニスタン紛争 (1978年~1989年) 』ではシャーも参戦し、1979年から翌年の80年の間、ソ連軍と戦った。

この時、シャーはザーダッド・カーンの下で働き、その活躍から『Zardad dog (ザーダッドの犬) 』と呼ばれるようになった。


シャーは1992年から1996年の間に起こったアフガニスタンの内戦の時、グルブディン・ヘクマティアルの下につき、内戦に参加する。

しかも、シャーはこの内戦で捕虜に対する拷問を行った。

それは捕虜の睾丸を噛み砕いたりするという陰惨なものだった。

その後、シャーはカブールからジャララバードに至る道で旅行者を襲うようになり、強盗殺人を行うようになる。


2002年、シャーは逮捕される。

シャーによる正確な犯行期間と犠牲者は不明であったが、最低でも20人以上に及ぶとされた。

その犠牲者の中にはシャーの5人の妻と3人の子供も含まれていた。

また、シャーに襲われ助かったシャーの妻 (第4夫人) の1人は、シャーと結婚してわずか10日後にガソリンをかけられ火を点けられた。

シャーによる犠牲者の大多数はパグマン地区にある井戸の中で発見された。


2002年10月、シャーは20人に対する殺人で有罪判決を受け、死刑が言い渡された。

このシャーに対する死刑判決は、共産主義が崩壊し共和国となってから初めて下された死刑判決であった。


2004年4月20日、シャーには後頭部をショットガンで撃たれる死刑が執行された。

享年59歳。



∽ 総評 ∽

『Zardad dog』と呼ばれ、最低20人は殺害したとされるシャー。

シャーは基本的に道を歩く旅行者を襲撃したが、それは自体は何も珍しくないが、シャーが特殊な所は他には妻や子供を殺している所だ。

シャーは軍人の時に残忍な拷問を行っていたが、その残忍さが後の犯行に引き継がれたと思われる。

そう考えると軍での行いが完全に悪影響を与えたと言え、戦争の凄惨さを物語っていると言える。

シャーの幼少時代の生活環境や、どのような成長を遂げたのか詳細がない為わからないが、混沌とした国内情勢が少なからず影響を与えたのはまず間違いないだろう。

シャーは強盗殺人を行ったが、その詳細がほとんどない。

ただ、自身の妻や子供を手にかけている所を見ると、強盗だけが目的ではなく、純粋に拷問を行って殺したいという欲望のみで走ったのかもしれない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 20人以上

《犯行期間:1990年代~2002年?》