image























ブランドン・ジョーンズ (アメリカ)
【1943 ~ 2016】



ブランドン・アスター・ジョーンズは、1943年2月13日、アメリカ・インディアナ州で生まれた。


1979年6月17日、ジョーンズはジョージア州カッブ郡にあるコンビニエンスストア『Tenneco (テネコ) 』に強盗目的で侵入した。

この時、店にはマネージャーのロジャー・タケット (29歳♂) がいた。

ジョーンズはタケットを見るなり殺害し、その後、現金を奪って逃走した。

しかし、ジョーンズはその日の内に警察に逮捕された。


同年10月17日、裁判でジョーンズは強盗殺人で死刑が言い渡された。

この死刑判決は物議を醸した。

まず、逮捕から判決までわずか4ヶ月足らずだったこと、そして、ジョーンズが黒人で殺害されたタケットが白人だった事だった。

アメリカでは最終的な判決が下されるのは、通常、最低でも1年から2年以上は費やされる事がほとんどだった。

また、強盗殺人で死刑が言い渡される事が多いアメリカと言えど、こんな簡単に出されるというのは珍しかった。

この早急な死刑判決は殺人犯が黒人で、殺害された被害者が白人だったからだと黒人社会は騒いだのだった。


1989年、連邦裁判所は、有罪判決を下した陪審員が判決当時、不適切であったとして再宣告が必要だとされた。


しかし、1997年、ジョーンズには再び死刑が宣告された。

だが、ジョーンズに対する死刑に負い目があったのか、政府も長い間執行する事がなかった。


2016年1月、ジョーンズの弁護士が、バッツ郡上級裁判所を訪れ、ジョーンズに対する刑が厳し過ぎると訴え、死刑停止を求めた。

しかし、弁護士の訴えは裁判所によって退けられた。


同年2月2日、ジョーンズに対する死刑が翌日に執行される事が決定した。


翌日の3日明けてすぐ、午前0時46分、ジョーンズには致死量の注射による死刑が執行された。

享年72歳。

ジョーンズは刑務所に収容されて36年が経過していた。

ジョーンズは死刑が執行された際、72歳であったが、これはジョージア州で死刑が執行された最高齢となり、ジョーンズは歴史にその名を刻んだ。

死刑執行後、再びジョーンズに対する死刑は非人道的として批判の声が集まった。

また、死刑反対派は、ジョーンズに対する死刑は、独房で数十年過ごす他の死刑囚に対しての二重の罰だとして批判した。



∽ 総評 ∽

死刑判決に物議を醸し、執行に36年以上費やしたジョーンズ。

確かに全く同じ事件で加害者が白人で被害者が黒人であれば、もしかしたら死刑判決でなかったかもしれない。

ただ、白人黒人抜きにしてやった事は凶悪であり、個人的には死刑が妥当だと思う (アメリカでは黒人差別が根強い為、無理だとは思うが) 。

厳罰主義の私からしてみれば、死刑反対派が唱えるご託は全く理解出来ないし、理解しようとも思わない。

非人道的というのが全く理解出来ない。

そもそも、この犯人は犠牲者に対して非人道的な事を行ったのだ。

そんな死刑囚に対して弁護や擁護をしようとする神経が全くわからない。

他人から「薄情」とか「非情」と言われようが構わないし、何とも思わない。

薄情で非情なのは私よりも殺人を犯した犯人の方だ。

私は死刑反対派にどんなに説得されても説得される事は決してない。

最近、日本でも死刑反対に対する声が高まり、議会に取り上げられたが、私はもし日本で死刑が廃止となったらこの国に失望する。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★☆☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★☆☆☆☆☆
・特異性 ★★★★★☆☆☆☆☆
・殺人数 1人

《犯行期間:1979年6月17日》