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アダム・エゼルスキー (アメリカ)
【1982 ~ 】



2001年7月26日、アメリカ・フロリダ州フォート・ローダーデールにあるホテルの一室で、死体が発見される。

死体はアンソニー・マルティット (39歳♂) という名の男性であった。

警察はすぐに捜査を開始するが、警察はマルティットが殺害された前日に死体が発見されたアービング・シチェール (76歳♂) が殴り殺された事件に着目し、それがマルティット殺害と同一犯であると判断する。

その理由はマルティットとシチェールが2人共に同性愛者だからだった。

その為、警察は一連の事件を同性愛連鎖殺人と見なし、この事件をかのジャンニ・ヴェルサーチを殺害し、全米を渡り歩き各地で同性愛殺人を行ったアンドリュー・フィリップ・クナナン (以前掲載したのでそちらを参照) を彷彿とさせるとし、捜査を進めた。


同年8月中旬、警察はカリフォルニア州サニーベールで、同性愛の男性のみ数百人が参加していたソフトボールの大会でチラシを配布した。

そして、未だ逃亡中の犯人は同性愛者を標的とする連続殺人の可能性が高いと警告した。

その後、警察は捜査を進め、犯人がアダム・エゼルスキーという名の19歳の男性だと突き止める。

エゼルスキーも同性愛者であった。


警察はサニーベールから約1時間北にあるサンフランシスコで、エゼルスキーの居た痕跡を見つけ、FBIや地元の警察、同性愛コミュニティの協力の下、同年8月17日にエゼルスキーをネバダ州リノで逮捕した。

エゼルスキー逮捕後、警察はマルティットを殺害した後に盗まれた車からエゼルスキーの指紋を検出した。

逮捕されたエゼルスキーはマルティット殺害は認めたものの、それは自己防衛だったと主張した。

エゼルスキーはマルティット殺害前夜、近くのバーでマルティットと出会い、意気投合して一緒に飲んだ。

しかし、マルティットが酔っ払った勢いで殴りかかろうとして来た為、自身を守る為にマルティットを殺害したと述べた。

だが、エゼルスキーはシチェール殺害は否定した。


2003年10月1日、裁判でエゼルスキーにはマルティット殺害で懲役25年が言い渡された。


最後に逮捕された際のエゼルスキーの言葉で終わりたいと思います。

「私はアダムだ。私はあなたが探していた人だ」



∽ 総評 ∽

同性愛の相手を殺害したエゼルスキー。

同性愛自体は珍しい事でもダメな事でもないが、これまで掲載してきた同性愛殺人鬼にも言える事だが、個人的意見として、男女の恋愛に比べて執着や固執が強いように思える。

エゼルスキーとマルティットはバーで知り合い意気投合した程度で恋愛とまでは言えないが、殺人に至った経緯がおそらくふとした事での言い争いだと思われる。

これは普通の恋愛ではまずそこまでには至らないだろう。

エゼルスキーが何故、これ程異常になったのか成長過程の詳細がないのでわからない。

また、エゼルスキーは生粋の同性愛者かどうかもよくわからない。

エゼルスキーはマルティット殺害に関して自己防衛を主張したが、これは死人に口なしを言い事にエゼルスキーが好き勝手言っているだけだろう。

結局、エゼルスキーは自分勝手で自己中心的な異常者に過ぎない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★★☆☆☆
・異常性 ★★★★★★☆☆☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 2人

《犯行期間:2001年7月25日、同年7月26日》