image















ドナルド・ウェッブ (アメリカ)
【1931 ~ 2010?】



ドナルド・ユージーン・ウェッブ (出生名ドナルド・ユージーン・パーキンス) は、1931年7月14日、アメリカ・オクラホマ州オクラホマシティで生まれた。

ウェッブは生まれてすぐ祖父に育てられた。


成長するとウェッブはアメリカ海軍に入隊するが、後に不名誉除隊となっている。

そして、この頃からウェッブは常習的に犯罪を繰り返した。

それは窃盗、偽造、不法な武器所持、住居侵入、武装銀行強盗などありとあらゆる犯罪であった。


1956年、ウェッブはマサチューセッツ州ブリストル郡で合法的に名字をパーキンスからウェッブに変更した。

ウェッブは肉屋のセールスマンとして働き、その後、レストランのマネージャーや自動販売機の修理工として働いた。


1970年代前半、ウェッブはニューヨーク州で逮捕され、刑務所で2年間刑期を務めた。


1979年、ウェッブはニューイングランド (アメリカの北東部に位置する6州、メイン州、ニューハンプシャー州、バーモント州、マサチューセッツ州、ロードアイランド州、コネチカット州を合わせた地域) の南西部に住み、そこで長期間過ごした。


同年、ウェッブは共犯者フランク・ジョセフ・ラックと共に、下水道の検査官を装い、家に強盗に入った。


ウェッブとラックは逮捕され、同年12月、裁判所からウェッブの保釈金は3万5000ドル (約800万円) に提示された。

保釈金を支払って釈放されたウェッブはその直後に失踪して行方知れずとなった。


1980年12月4日、ペンシルベニア州サクソンバーグで、グレゴリー・アダムズ (31歳♂) は、駐車場の出口を遮断する車両を発見する。

アダムズは地元の警察署長にして法執行機関9年のベテランであった。

アダムズが車両に近づき、運転手に運転免許証の提示を求めた。

すると、運転手は銃を取り出し突然アダムズに向かって発砲した。

弾丸はアダムズをかすめたが当たらず、驚いたアダムズも銃を取り出し運転手に向かって発砲した。

弾丸は運転手に当たったが、それは致命的なものではなかった。

運転手は車から降り、アダムズと取っ組み合いとなった。

運転手はアダムズと争っている最中にアダムズのリボルバーを奪い取り、アダムズの胸や顔、頭に向かって数回発砲した。

アダムズは普段警らの際は防弾チョッキを着ていたが、この時はたまたま同僚に貸しており、着ていなかった。

運転手はアダムズ殺害後、その場から逃走した。

近隣の住民が発砲音に気付き現場に駆けつけるが、アダムズはまだ生きていた。

アダムズはすぐに病院に搬送される事となったが、アダムズは病院に向かう途中死亡した。

アダムズの死因は銃で撃たれた事によるものだったが、顔も本人だと認識出来ないくらい殴られた痕があった。

アダムズは25口径の銃で撃たれた事がわかり、また、現場に残った血痕はO型 (ちなみにウェッブはO型であった) である事もわかった。

また、白のマーキュリー・クルーガーが逃走用に使用されたが、その車がウェッブが借りたものだと判明した。

これにより、ウェッブはアダムズ殺害の最重要容疑者とされ、全米で捜索が開始された。


1981年5月4日、ウェッブはFBIにより『Ten Most Wanted (10大最重要指名手配犯) 』の1人に指定された (ウェッブで通算375人目であった) 。


同年、ウェッブはマサチューセッツ州南ダートマスに住み、リリアンという女性と結婚した。

ウェッブとリリアンには息子ドナルドが生まれている (1999年、ドナルドとウェッブの親族がボストン地区に住んでいる事が確認されている) 。


1982年、かつてのウェッブの共犯者ラックが強盗で逮捕され、起訴された。

ラックはアダムズ殺害はウェッブによるものだと供述した。

その後、ウェッブは捕まることなくワシントン州やマサチューセッツ州、カナダやコスタリカで目撃情報が確認された。


1990年1月、FBIのウィリアム・セッションが、手紙を受け取った (1月23日消印) 。

手紙はウェッブのものであり、当局への降伏を求める内容であった。

また、ウェッブは直接かつ単独で話す事が出来た場合、降伏すると書かれていた。

当初、ウェッブ本人のものではないと疑われたが、筆跡鑑定などによりウェッブ本人の物と断定された。

しかし、その後、ウェッブとの連絡が途絶え、結局、ウェッブが捕まる事はなかった。


1999年9月14日、ウェッブが『Ten Most Wanted』に指名されてから18年が経過する。

これは『Ten Most Wanted』に登録された過去の指名手配犯の中で最長の逃亡者となった (それまでの最長はチャールズ・リー・ヘロン) 。


2007年3月31日、25年の歳月が経過し、ウェッブは『Ten Most Wanted』から置き換えられ削除された (入れ替わったのはシャンティ・ヘンダーソン) 。


結局、ウェッブは逮捕される事はなかったが、研究者によれば2010年に死んだとされている。



∽ 総評 ∽

警察署長を殺害し、その他数多くの犯罪を犯して逃亡したウェッブ。

ウェッブの幼少の詳細がない為、何故これほど異常となったのかよくわからない。

ただ、ウェッブはすぐに祖父に育てられたので、両親がすぐに育児放棄した可能性が高く、そこにウェッブの異常性の原因があると思われる。

ウェッブはペンシルベニア州サクソンバーグで警察署長を殺害したが、これは1980年当時、サクソンバーグという小さな町における初めて発生した殺人事件であった。

ウェッブは『Ten Most Wanted』の1人に指定され、大規模な捜査が行われたが、結局捕まる事はなかった。

ウェッブは2010年に死んだとされているが、確たる証拠があるわけではない (ただ、ウェッブはこの時79歳なので死んでいてもおかしくはない) 。

また、ウェッブがまだ捕まったり確実に死んでいるという情報がないにもかかわらず、何故『Ten Most Wanted』から外されたのかもよくわからない。

その為、もしかしたらウェッブが死んだ可能性が非常に高く、確実ではないがほぼ間違いない情報を掴んでいたのかもしれない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★☆☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★☆☆☆☆
・特異性 ★★★★★☆☆☆☆☆
・殺人数 1人
(他犯罪多数)
《犯行期間:1980年12月4日》