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ロナルド・スミス (アメリカ)
【1957 ~ 】



ロナルド・アレン・スミスは、1957年9月7日、カナダ・アルバータ州レッドディアで生まれた。


1982年8月4日、アメリカ・モンタナ州で、スミスは共犯者と共にヒッチハイクを行った。

スミスらを拾ったのはハーベイ・マッドマン (23歳♂) とトーマス・ランニング・ラビット (20歳♂) であり、2人はアメリカ先住民であり従兄同士であった。

スミスは車に乗ると、22口径の銃を取り出し脅して高速道路を走らせた。

そして、高速道路から降りて森の中へ導き、そこでマッドマンとラビットの頭を撃って射殺した。

その後、2人はマッドマン達の車に乗って逃走した。


同年8月27日、スミスは逮捕された。

スミスと共犯者の2人は、犯行に及ぶ前にLSDを使用しており、気分を高揚させていた事がわかった。


スミスは司法取引を拒否し、終身刑となって刑務所で一生過ごす事を拒絶した。

その為、スミスは裁判で有罪判決が下されると、自ら死刑を求めた。


そして、1983年3月21日、スミスの念願通り死刑が言い渡された。

カナダ政府はスミスに関心を示し、直接モンタナ州知事に連絡を取り、アメリカにあるカナダ領事館とも連絡を取った。

しかし、その後、スミスは考え方を変えた為、何度か死刑執行日が定められたがその度に死刑が延期された。


1997年、カナダ領事館職員はアメリカ政府にスミスに対する温情処置を求めた。

モンタナ州知事もスミスに対する若干の同情を示した。


しかし、2001年11月、アメリカ最高裁判所はスミスの上告を拒絶した。


2007年10月から11月にかけて、カナダ政府はスミスに対する温情処置をアメリカへ要請しない事を正式に発表した。

実はこの頃カナダ政府は、外国で死刑宣告を受けた全てのカナダ人に対し、温情処置を求める事になっており、今回のスミスへのこの発表は異例であった。

カナダ政府は
「法規を厳守する民主主義国家で有罪判決が下された殺人者へ、カナダ政府が温情処置や本国送還を求める訴えを必ずしも行うという事ではない」
と見解を示した。


2009年3月4日、スミスの弁護側がカナダ政府に対してアメリカへの温情処置を求めるよう要請した。


同年6月19日、当時のカナダ外務大臣ローレンス・キャノンは政府の方針を発表し、
「我々政府は独立した民主主義国家によって下された決定を尊重する」
とし、更に
「我々は各々の例を勉強し続け、必要に応じて死刑を科せられたカナダ人の為に温情処置を要求する」
と説明した。


現在、スミスはモンタナ州の刑務所で死刑囚棟にいるが、これはアメリカでは唯一のカナダ人となっている。



∽ 総評 ∽

アメリカで2人殺害し、死刑判決が下されたスミス。

事件自体は珍しいという事はないが、カナダ政府の対応が注目を集めた事件となった。

日本もそうだが、海外で自国の国民が犯罪を犯した場合、その対応に物議が醸される。

まず、基本的に異国の人間は普通に裁判にかけられ、自国の法に基づいて裁く事が出来ない。

日本の場合は、沖縄にあるアメリカ軍基地のアメリカ軍人が日本人女性に対する暴行や殺人等起こっているが、まず、納得いく裁きを受ける事がない。

沖縄のアメリカ軍人の場合は、仕事で基地に来ているので日本に永住しているわけでもなく、今回のスミスの件とは少し違うが、普通に異国に移住し、生活しているのならもうその国の人間と言って間違いない。

それならその国の法律に従うのが筋であり、カナダ政府の見解のように母国が口を出す事ではない。

ただ、アメリカ軍人が日本人を殺害した場合、本来アメリカ本土であれば終身刑や死刑判決が下されるはずなのに、日本人だからという理由で刑が軽くなるのはとても許せない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★☆☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★☆☆☆☆☆
・殺人数 2人

《犯行期間:1982年8月4日》