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ジョン・マネー (アメリカ)
【1921 ~ 2006】



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デイヴィッド・ライマー (アメリカ)
【1965 ~ 2004】



1975年、マネーは男の子として生まれたライマーがごく普通の女児として育っていると、学術誌『Archives of Sexual Behavior 』で大々的に発表し、世間の注目を集めた。

しかし、現実はマネーの考えとは裏腹に、ライマーは自身を女の子とは全く思わなかった。

ライマーは普通に男の子が遊ぶような遊びを行い、車や飛行機等に強い関心を示し、女の子が興味を示す人形やおままごと等に全く興味を示さなかった。


その為、小学校に入学すると、同級生から「変な女の子」とバカにされ、いじめられた。

ライマーは自身の好みではないフリルのついたドレスやスカート、髪を長く伸ばす事も嫌いだった。

女性ホルモン治療も効果を見せず、ライマーは自身が女の子には到底思えなかった。

そんなライマーの事を両親はマネーに正直に告げた。

しかし、マネーはその事実を認めず、研究過程の事実を公表しなかった。

しかも、公表しない所か事もあろうにマネーは

「女の子として順調に育っている」

と嘘をついてしまう。

また、ライマーだけではなく、家族の生活も非常に困難なものだった。

ライマーの母親はマネーの教えに従い、ライマーの今後の人生の為に必死に努力するが、マネーのような状況には一向に好転しなかった。

一家は引っ越す事に決め、住み慣れた町を出るが、精神的に追い詰められた母親は自殺未遂を行った。

また、夫妻は離婚寸前まで追い詰められ、結局、元いた町に戻った。

そんなライマーにマネーは膣の生成手術を受け、見た目も女性にするよう強く求めた。

しかし、ライマーはマネーに会う事を痛烈に嫌がり、もし、これ以上会わせるのであれば自殺すると両親にほのめかした。

その為、ライマーの両親は通院を止め、ライマーを地元のカウンセリングに通わせるようにした。


1978年、BBCアメリカが、マネーが大々的に発表したライマー兄弟に関してのドキュメンタリー番組の製作を開始する。


1980年3月19日、イギリスで放送された番組にライマーの両親が身元を伏せて出演した。

この番組にはマネーの研究を否定していたダイアモンドもコメンテーターとして参加した。

しかし、放送後の世間の反応は予想以上に静かで反響が少なかった。


ライマー14歳の時、父親から出生時は男の子で、手術の失敗により陰茎を失った事など、真実を全て聞く。

話を聞いたライマーは、すぐに男性として生きて行く事を決断し、新しく「デイヴィッド」と名乗るようになる。


1990年9月、ライマーは子持ちのジェーン・アン・フォンテーンと結婚する。


1993年、ライマーはダイアモンドと会い話し合った。

ライマーはダイアモンドを信頼出来る人物と理解し、これまでの経緯を全て打ち明けた。

そして、ライマーは自分のような目に遭う子供をこれ以上出さないようダイアモンドに話した。


1994年、ダイアモンドとキース・シグムンドソンは、ライマーの体験談を基にした論文を執筆した。

だが、その論文はマネーらとの論争を引き起こすという理由ですぐには受理されなかった。


1997年3月、ダイアモンドもシグムンドソンの論文がついに発表され、2人はライマーの事を報道関係者に公表した。


同年12月、ライマーは『ローリング・ストーン』でインタビューに答え、2000年には日本語訳が翻訳されている。

本の収益により豊かな生活を送る事になったライマーだったが、精神的にはとても豊かではなかった。

ライマーは両親との関係が上手くいっておらず、生涯苦しんでいた。

それは2002年に双子の弟ブライアンが、抗うつ剤の大量摂取により死亡するという出来事が起きて更に拍車を掛けた。

また、ライマーは失業と結婚生活の破綻という2つの問題により精神的にも追い詰められていた。


2004年5月2日、妻ジェーンがライマーに距離を起きたいと告げる。

すると、ライマーは家を出てそのまま家に戻る事はなかった。


2日後、ライマーは家に戻りショットガンを持ち出した (この時、家にジェーンはいなかった ) 。


そして、同年5月5日早朝、ライマーは食料雑貨店近くの駐車場に車を止めると、そこで自身の頭を撃って自殺した。

享年38歳。

ライマーの死体は心配したジェーンにより発見され、警察に通報されたのだった。

ライマーの自殺の原因だが、家族や金銭トラブルであったとされた。


ライマーが精神的に追い詰められていた頃、マネーはパーキンソン病を発病し、病状が悪化していた。

その為、2002年にはマネーは自身の財産と美術コレクションの大部分をニュージーランド・ゴアにあるサウスランド・アート・ギャラリーに寄付した。

2006年7月7日、マネーはメリーランド州タウソンで、パーキンソン病により死去した。

享年84歳。

85歳を迎える誕生日前日の事だった。

マネーが確立した性の治療法だが、医学的に不必要かつ外科手術を幼い子供の性器に行うのは間違っていると多くの学者が批判し、もし治療を行うにしても子供が物事を理解出来るようになってから本人の希望により行うべきだというのが現代の考え方であった。

しかし、マネーは性科学における学会『Society for the Scientific Study of Sexuality (通称、SSSS) 』の会長を2年務め、性科学者として長年の貢献は多大であり、賛否や批判を含めても、マネーは20世紀における最も偉大な性科学者とされている。


最後に雑誌のインタビューで答えたライマーの言葉で終わりたいと思います。

「人生最初の14年は借り物だった」



∽ 総評 ∽

自身の自信と誇りをかけてライマーに施術を行った性科学者マネー。

しかし、ライマーはマネーが想定した通りにはいかず、性器を失っても尚、自身を女性とは思えなかった。

マネーが唱える性別の後天性というのはライマーの研究では否定され、性別というのは先天性という事が証明されてしまった (もちろん全てが全てではないだろうが) 。

性科学者としての自負と自信があったのだろうが、結局、人生に苦しんだライマーは自殺という最悪の結末を迎えてしまった。

マネーはライマーが成長しても自身が想定していた通りにはいかず、しかも、それを認めないばかりか虚偽を世間に公表した。

性科学者として自信と誇りがあって認めたくない気持ちもわかるが、科学というのはそれぞれの考えを言い合い、切磋琢磨して高めていくものである。

間違いは間違いだと認める勇気や他の科学者の意見を取り入れる柔軟さがマネーには必要であった。

ライマーが死んだ事はマネーももちろん知っていただろう。

ライマーが自殺を遂げたと知った時、マネーは一体何を思ったであろうか (自身の病気でそれどころではなかったであろうが) 。



* 追伸 *

この記事が年内最後となりました。

今年は独裁者や今回のような実験といった少し趣向が違う記事を多く掲載した年となりました。

その為、純粋な殺人鬼の話を読みたかった方からすれば少し物足りなく感じたかもしれません。

それでも読んで頂いた方々には改めてお礼申し上げたいと思います。

今年も1年ありがとうございました、来年もよろしくお願い致します。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★★☆
・残虐度 ―
・異常性 ―
・特異性 ―
・殺人数 ―

《犯行期間:― 》