image



















セルゲイ・ゴロフキン (ロシア)
【1959 ~ 1996】



セルゲイ・アレクサンドロヴィッチ・ゴロフキンは、1959年11月26日、旧ソ連の首都モスクワで生まれた。

ゴロフキンは生まれながらにして胸骨の先天性欠損症であり、その為、気管支炎や消化不良に苦しんだ。

ゴロフキンの父親はアルコール中毒であった (そんな父親に嫌気がさした母親は1988年に離婚している) 。


ゴロフキンは学校では一匹狼として生活を送り、女の子に関心を示さなかった。

また、学校の同級生によると、ゴロフキンは遺尿症 (睡眠中や服を着たままでも放尿してしまう障害) に悩んでいたという。

余談だが、ゴロフキンはロシアの『Krematorij (ロシア語で ″火葬場″ という意味) 』というロックバンドのボーカル、アーメン・グリゴリアンの同級生であった。


ゴロフキン13歳の時、猫を捕まえ家を連れ帰ると、虐待する。

ゴロフキンは猫を散々いたぶった後、絞首刑にして殺害した。


1982年、ゴロフキンはティミリヤーゼフ農業大学を卒業する。

その後、モスクワにある家畜専門家として働き始め、トラックに乗るようになった (真面目に働いたゴロフキンは、馬の発展や業績を伸ばした功績が認められ、1989年、『VDNKh (ロシア博覧センター) 』から銀メダルを与えられている) 。


1984年、ゴロフキンは若い男性を強姦し、殺害しようとするが失敗する。

これがゴロフキンにとって初めての犯罪であった。


1986年4月、ゴロフキンはモスクワ州ネクラーソフのカチュアー駅近くで初めての殺人を犯す。

ゴロフキンはアンドレイ・パブロフ (15歳♂) をナイフで脅すと、森に連れ出した。

そして、ゴロフキンはパブロフを強姦し、首を絞めて殺害すると、屍姦した。


同年7月、ゴロフキンはモスクワ州オジンツォボでサマーキャンプ中のアンドレイ・グルヤフ (12歳♂) を誘拐する。

ゴロフキンはグルヤフをナイフで脅し、森に連れ出すと強姦し、首を絞めて殺害した。

その後、グルヤフの死体をバラバラに切断した。


1988年、ゴロフキンは自宅にガレージを建設する。

これは当初、仕事場として使う予定であった。

しかし、ガレージにはベージュ色のゴロフキンの車を収納させる事とし、新たにガレージの下に地下牢を建設した。

そして、ゴロフキンはその地下牢で殺人を開始する。


1990年8月から、ゴロフキンは10歳から15歳の少年を拉致しては強姦して殺害した。

ある時はゴロフキンは2人の少年を拉致すると、同時に拷問の限りを尽くし、強姦した後に殺害した。


1992年9月、ゴロフキンは3人の少年を言葉巧みにガレージに誘い込むと、強姦して殺害する。

3人の少年は12時間に渡って拷問の限りを尽くされた挙げ句、殺害された。

また、ゴロフキンは殺人を行った後に何もなかったかのように仕事に向かった。


同年10月5日、ゴロフキンによる最後の殺人から3週間後、最後に殺害された3人の少年の遺体がキノコ採集者によって発見される。


同年10月19日、ゴロフキンは警察に殺人の嫌疑を受け、拘留された。

ゴロフキンに尋問を行うが、ゴロフキンは数々の質問に対して静かに冷静に振る舞い、殺人を否認した。

しかし、ゴロフキンを独房に監禁し、厳しく尋問を行うと、ゴロフキンは最後の3人の殺害を認めた。


翌日、警察はゴロフキンのガレージを捜索すると、焼けた皮膚や血のついた服、赤子を入れる浴室にいくつかの体の部位を発見した。

結局、ゴロフキンは11人の殺人を白状した。

そして、ゴロフキンの自供のもと、犠牲者を処分した場所を捜索すると、いくつもの残骸を発見した。


ゴロフキンは精神分裂症であると診断されるが、1994年10月19日、裁判でゴロフキンには死刑が言い渡された。


1996年8月2日、ゴロフキンに銃殺による死刑が執行された。

余談だがロシアは現在死刑を廃止しており、このゴロフキンに執行された死刑は、公式上、最後に執行された死刑であった。



∽ 総評 ∽

『The Fisher (漁師) 』と呼ばれ、11人の少年を殺害したゴロフキン。

ゴロフキンが少年ばかりを標的とした強姦魔であったが、ゴロフキンが何故、ゲイになったかよくわからない。

学校に通っていた時、すでに女の子に興味を示さなかったので、この時にはすでにゲイであったと思われる。

また、ゴロフキンは生まれてから病気に悩まされており、この事がゴロフキンの精神を歪ませた可能性が高い。

私も子供の頃から内臓が弱く、その事で子供の頃悩んだ事もあったが、確かに人によっては「何故、自分だけこんな目にあうんだ」と悩み、それが周囲の幸せに生活をしている人間を恨むという発想になる可能性も否定出来ない。

ただ、子供の頃からのハンディキャップは確かに辛いとは思うし、本人にしかその辛さはわからないと思うが、自分よりも辛い人で頑張っている人は世の中にごまんとおり、それが原因だとするならばゴロフキンの精神的弱さというしかないだろう。

今のところゴロフキンはロシアにおける最後に死刑が執行された人物となっており、そう言った意味ではゴロフキンは歴史にその名を刻んだ事となる。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★★★☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★★☆☆☆☆
・殺人数 11人

《犯行期間:1986年4月~1992年9月》