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ジョン・サップ (アメリカ)
【1949 ~ 】



サップは常習的な犯罪者で、何度も逮捕されては釈放されるという生活を送っていた。


1975年12月22日、カリフォルニア州コントラコスタ郡コンコードに住むジョン・アボノ (22歳♂) が行方不明となる。

アボノは友人のティム・ボウラーを車に乗せ、マリファナを買いに向かった。

アボノは車を止め、先にボウラーを降ろした。

ボウラーはマリファナを買いにとある家に入り、アボノは車を近くの駐車場に止めに向かった。

だが、ボウラーは待てど暮らせどアボノが来ない事を不審に思い、 アボノが停めたであろう駐車場に向かったが、そこには車が無かった。

その後、アボノは車ごと行方不明となってしまう。

ボウラーは事情を警察に話すが、警察はアボノ達がマリファナを買いに行くような人間だった為、町からいなくなっただけだと判断し、相手にしなかった。


1981年、サップはエリザベス・ドゥアルテ (24歳♀) という女性と交際していた。

だが、ドゥアルテが突如行方不明となる。

サップはドゥアルテの家に火を放って燃やした為、放火で逮捕され2年間刑務所に収監された。


1985年8月、サップはカリフォルニア州コルサ郡で、クラック・コカインのディーラー、ロバート・ウェーバー (35歳♂) を撃って射殺する。

その後、死体をカリフォルニア州ビュート郡に捨てた。


1986年、サップは実の母親ジェラルディーン・サップ (67歳) を殺害する。


同年4月、サップは逮捕された。

逮捕されたサップだったが、母ジェラルディーン殺害を否認した。

サップは母親を殺したのは他の人間だと主張した。

しかし、サップはアボノ殺害は認めた。

実はサップはアボノとは古くからの友人であり、サップはアボノの頭を数発撃つと、コントラコスタ郡にシャベルで穴を掘り埋めたと供述した。

警察はサップの指示した場所を捜索するが、アボノの遺体を発見する事は出来なかった。


1991年6月21日、裁判でサップは死刑が言い渡された。

結局、サップはアボノとドゥアルテ、ウェーバー殺害で裁かれ、母親殺害では裁かれなかった。


最後に友人のアボノを殺害した理由について問われた際のサップの返答で終わりたいと思います。

「彼はヘロイン中毒であり、また、沢山のドラッグの取引を行っていた。だから私は彼を殺す事に決めた」



《殺人数》
4人


《犯行期間》
1975年12月22日~1986年




∽ 総評 ∽

友人や母親、麻薬ディーラー等を殺害したサップ。

殺害した人数やその手口に特徴はないが、サップが珍しいのは犠牲者が売春婦や普通の女性でない所だ。

1人は友人、1人はガールフレンド、1人は麻薬ディーラー、1人は母親と手にかけた相手としてはかなり特徴的だ。

母親を殺害するシリアルキラーはもちろんいるが、思った以上に少ない。

大抵が子供の頃に母親に虐待されたという理由で殺害に至るのだが、どんな母親でも母親なのだろうか、意外に少ない。

サップの母親もそうだったのかもしれないが、詳細がないのでわからない。

サップの異常性は詳細がない為はっきりした事は言えないが、母親が原因でほぼ間違いないと思われる。