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アンヘル・レセンデス (アメリカ)
【1959 ~ 2006】



アンヘル・マツリノ・レセンデスは、1959年8月1日、メキシコ・ブエブラ州デマタモロスで生まれた。


レセンデスは14歳の時、親に捨てられ孤児となってしまい、その後は何とか1人で生活していた。

貧しかったレセンデスは、金を稼ごうとアメリカへ向かうことにしたが、お金もまともな身分証もなかったレセンデスは普通に入国出来るはずもなく、密かに列車に忍び込んでアメリカへ向かった。

だが、アメリカ人としての身分証 (ID) もないレセンデスがアメリカでまともな生活等出来るはずもなかった。

また、レセンデスは1973年から少なくとも4回はメキシコに強制送還された。

その為、レセンデスは次第にアメリカ自体を憎むようになる。


1986年、レセンデスはジェーン・ドゥ (身元不明の女性) を38口径の銃で4発撃って射殺する。

レセンデスは女性とホームレスシェルターで出会い、意気投合した2人は一緒にオートバイで旅行するまでの仲となった。

しかし、レセンデスはその女性に見下されたと思い、殺害したのだった。

身元不明の女性殺害後、レセンデスは女性のボーイフレンドを射殺した。

死体は川の近くに捨てた。


1991年7月19日、レセンデスはマイケル・ホワイト (33歳♂) を殺害する。

ホワイト殺害理由は同性愛者だったからであり、レセンデスはレンガで撲殺した。


1997年3月23日、レセンデスはフロリダ州オカラで、ジェシー・ハウエル (19歳♂) と婚約者のウェンディ・ヴォン・ヒューベン (16歳♀) を殺害する。

レセンデスはハウエルを撲殺した後、鉄道線路側に死体を捨て、その後、ウェンディを拉致した。

そして、散々強姦した後、ダクトテープを口に巻き窒息させ、エアーホースで首を絞めて殺害した。

ウェンディの死体は翌日の24日、フロリダ州サムター郡で見つかった。


同年7月、カリフォルニア州の鉄道線路側で身元不明の死体が発見される。

死体は撲殺されており、結局、犯人が誰かわからないままだったが、レセンデスで間違いないとされた。


同年8月29日、レセンデスはケンタッキー州レキシントンで、クリストファー・マイヤー (21歳♂) とホリー・ダン (23歳♀) を襲う。

2人はケンタッキー大学に通う学生で、鉄道の線路を沿って歩いていた所をレセンデスに襲われた。

まずレセンデスはマイヤーに52ポンド (約23kg) の岩で殴りかかり、撲殺した。

その後、レセンデスはダンを強姦し、同じく岩で殴り逃走した。

だが、ダンは瀕死の重傷を負ったものの、一命は取り留めており、ダンはレセンデスに襲われ生き残った唯一の存在となった。


1998年10月4日、テキサス州ヒューズスプリングスで、リーフィー・メイソン (81歳♀) が自宅でレセンデスに襲われる。

レセンデスは窓から侵入し、メイソンを撲って殺害した。

メイソンの死体は家から45mほど離れたカンザスシティ・サザン鉄道線の側に捨てた。

この犯行からレセンデスは家に侵入し、鈍器等で撲殺し、金品や宝石類を盗むという手口になる。

レセンデスは殺害後、犠牲者を毛布で包み、免許証を床に並べ、それを眺めて満足感に浸るようになっていた。

また、レセンデスは犠牲者の家にしばらく留まり食事を摂り、盗んだ宝石類はメキシコにいる妻に渡した。


同年12月10日、レセンデスはジョージア州カールで、ファニー・ホイットニー・バイヤース (81歳♀) を撲殺した。

バイヤースの家は鉄道線路のすぐ側にあった。


同年12月17日、レセンデスはテキサス州プレイス郡のウェストユニバーシティで、クローディア・ベントン (39歳♀) を殺害する。

ベントンはベイラー医科大学に勤務する小児・神経科医で、レセンデスは家に侵入するとベントンを強姦し、殺害した。

その後、ベントンの家の車 (チェロキー) に乗って逃走した。

ベントンの家の側にはユニオン・パシフィック鉄道の線路があった。

警察は捜査を進めると、家の中に犯人の指紋が残されているのを発見する。

そして、指紋を調べると、メキシコ人のラファエル・ラミレスという男だと判明する。

この名前はレセンデスの偽名であり、この時、数々の犯罪を犯し、窃盗の容疑で逮捕状が出ていた。


1999年5月2日、テキサス州ワイマーの教会で、レセンデスは牧師のノーマン・サニック (46歳♂) と妻カレン (47歳♀) をハンマーで殴って撲殺した。

犯行現場には同じくレセンデスの指紋が発見された。

教会の側にも鉄道の線路があり、警察はベントン殺害現場同様、線路がある事に注目する。

すると、過去の殺人事件も線路周辺で行われていた事に結びついた。


同年6月4日、テキサス州ヒューストンで、レセンデスはノエミ・ドミンゲス (26歳♀) を拉致する。

ドミンゲスはベンジャミン・フランクリン小学校の先生で、死体が発見されたのは7日後で11日であった。

死体はテキサス州デルリオにあり、ドミンゲスはつるはしで殴り殺されていた。


また、同日、レセンデスはテキサス州ファイエット郡で、ジョセフィーン・コンヴィッカ (46歳♀) をドミンゲスに使用したつるはしで撲殺する。

レセンデスはコンヴィッカの車を盗もうとしたが、鍵が見つからなかったので諦めた。


同年6月15日、レセンデスはイリノイ州ゴーハムで、ジョージ・モーバー (80歳♂) と娘のキャロライン・フレデリック (52歳♀) を散弾銃で撃った後、棍棒で殴って殺害した。

モーバーの赤いピックアップトラックは、イリノイ州カイロで見つかった。

また、現場からレセンデスの指紋が発見された。

この頃にはレセンデスは『The Railroad Killer (レールロード・キラー) 』と呼ばれ恐れられるようになる。

鉄道利用者が激減すると共に、鉄道周辺に住む住人たちはいつ襲われるかわからない恐怖にうち震えていた。

警察は早い段階から、ラファエル・ラミレスというのが偽名だと考えており、捜査を進めると本名がアンヘル・レセンデスだと突き止める。

そして、レセンデスの妹マヌエラと接触し、協力を促した。


同年7月12日、レセンデスはマヌエラに連絡し、マヌエラは自首を促し、レセンデスはマヌエラに付き添われ出頭した。

レセンデスは死刑を覚悟の上で出頭したのだが、これはレセンデスには12万6000ドル (約1300万円) の懸賞金がかけられており、それを家族に残す為だった。

逮捕されたレセンデスは他にメキシコで7人殺害したと述べた。


裁判でレセンデスは死刑が言い渡され、2006年6月27日、テキサス州の刑務所で致死量の注射による死刑が執行された。

享年46歳。

レセンデスの最後の言葉は

「私の人生を悪魔が支配していたのを私は知っている。私は神に赦しを乞い、神が赦してくれた事に感謝します」

であった。



∽ 総評 ∽

『The Railroad Killer』、『The Railway Killer (鉄道殺人) 』、『The Railcar Killer (鉄道車両殺人) 』等と呼ばれ、最低16人を殺害したレセンデス。

レセンデスは貧困な生活から脱却する為、夢を見てアメリカへ不法入国したが、想像とは違いアメリカへ渡っても何も出来ず、その怒りを何の罪もない住民に向けた。

そんな安直な考え方で上手くいくはずなどない事は誰でもわかり、そんな事で殺人を始めるというのはとても許し難い。

当初は強盗殺人として犯罪を繰り返していたが、途中から自分の殺人に酔いしれており、マスコミが『The Railroad Killer』と大々的に取り上げている事に喜びを感じていた。

生い立ちには多少同情はするが、その行為には酌量の余地はない。

レセンデスの最後の言葉
「神に赦しを乞い神が許してくれた事に感謝します」
というのは自身が死んで行くにあたり、許されたと勝手に納得する事で自身が救われたと感じ、結局レセンデスは自分の事しか考えてない救いようのない人間という事である。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★☆☆
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★★☆☆☆☆
・殺人数 16人
(本人は23人と自供)
《犯行期間:1986年~1999年6月15日》