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アルバート・フィッシュ (アメリカ)
【1870 ~ 1936】



1903年、フィッシュは窃盗で逮捕され、約1年半、シンシア刑務所に収監された。


1910年、フィッシュはデラウェア州ウィルミントンで最初の殺人を犯す。

この殺人については詳細がなく、後年、逮捕された際にフィッシュの自白で判明した。


1917年、フィッシュの妻が近所に住む精神薄弱者の男性と不倫し、フィッシュや子供を捨てて駆け落ちしてしまう。

しかし、妻は数日後に家に戻って来るのだが、妻はフィッシュに不倫相手と家に一緒に同居させて欲しいとフィッシュに頼む。

フィッシュは不倫は許したが、同居は認めなかった。

妻は渋々不倫相手と別れて再びフィッシュたちと住み始めるが、妻は密かに不倫相手を屋根裏部屋に住まわせ、情事を繰り返していた。

フィッシュはこの事に怒り、妻と不倫相手を家から追い出した。

妻は2度とフィッシュの前に現れる事はなかった。

この出来事がギリギリで保っていたフィッシュの精神状態をついに崩壊させてしまう。


フィッシュは子供を連れ、ウィステリアの小さなコテージに移り住み、ここでフィッシュは夜な夜な丘の上に登り

「俺はキリストだ!」

と月に向かって叫び始めるようになる。

また、フィッシュは生肉を好んで食べ、それを子供たちにも強いた。

フィッシュは子供の友達が家に遊びに来ると、2cm程の長さの鋲を打ち付けた板を渡し、それで自身を叩くよう促した。

フィッシュはズボンを下ろし、身体を折り曲げると、尻を突き出し叩かせた。

それをフィッシュが満足するまで続けさせた。

フィッシュは自身の身体を針や釘、熱した鉄板等で焼いたりする度に歓喜に震え、あまりの快感に射精に至った。

更に、満足出来なくなったフィッシュは自身の子供にも同じ事をやるよう強要した。

だが、成長するにつれ、次第に子供たちがフィッシュをいたぶるのを嫌がるようになる。

その為、フィッシュは悶々とした日々を過ごす事となり、仕方なくフィッシュはパートナーを探すようになる。

しかし、中々見つからなかった為、フィッシュは自分で自分を痛めつけるようになる。

そして、フィッシュは針を自分の体に刺すようになった。

これは殺人を繰り返していた時にも続けられ、後に逮捕された時、フィッシュの陰茎や肛門周辺に27本の針が埋め込まれているのをX線で確認されている。

それら自身に行っていた異常行為を、フィッシュは犠牲者にも行った。

フィッシュは子供を食事に誘ったり金銭で釣って子供たちを監禁した。

そして、ギャグ (猿轡) をし、針を刺したり焼いたりして散々いたぶった。

フィッシュは苦痛にもがき苦しみ、泣き叫ぶ子供を見ては絶頂を迎えた。

最後は強姦し、切断して死体の一部を食べて捨てた。


1919年、フィッシュはニューヨークで知恵遅れの少年を滅多切りにして殺害し、死体を解体した。


同年、ワシントンD.C. のジョージタウンでも少年をボート小屋に連れ込み、散々いたぶった後、殺害する。


1927年2月11日、ウィリアム・ガフニー (4歳♂) を殺害。


同年、ブロンクスで殺害され解体されたイェッタ・アブラモウィック、同じく同年に殺害されたビリー・ギャッフニー (8歳♂) 殺害もフィッシュの犯行とされている。

フィッシュの殺人行脚はニューヨーク州からモンタナ州まで実に23州にも及んでいたのであった。


③に続く